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汝、料理を恐れることなかれ

 

離婚をして、ひとりで暮らしはじめて丸4年。基本的に毎日自炊をしている。「男の手料理」なんて言葉の裏には「料理は女がするもの」という古めかしく差別的な役割意識があるのだから、そのうちこんな言葉は消え去ってしまうのだろう。

しかしいつも当たり前のように料理を作ってもらい、「あたしゃ何にもできません」みたいな「夫」たちの多くは、遅かれ早かれ「自分が作らなければ食べていけない」という現実に直面するに違いない。そのときが楽しい時間になるのか辛い時間になるのかは、きっとその人の捉え方次第だ。

 

でも毎日毎日、現在進行形で料理している人にしても、どちらかと言えば仕方なく作っている……つまり料理嫌いの人は決して少なくないだろう。

SNSなどでは結構な頻度で誰かの美味しそうな料理を目にするが、「わたし、料理に自信があります!」なんて人は実は少数派で、「得意じゃないんだよなあ……」と苦手意識を持っている人の方が圧倒的多数なんじゃないかと感じる。

 

根拠はないが、肌感覚として。

 

僕自身も料理に対して強いコンプレックスがあって、つまり毎日作らなければいけないのにそれがまったくもって楽しくなく、料理を楽しんでいる人たちを眺めては羨ましく思い、楽しめない自分を非常に残念な人間のように思っていた。

 

 

が、1年くらい前になるだろうか。はたと気づいたのだ。

僕という人間は「食えればなんでもいい」という、ポジティブな事実に。

 

昔から薄々とは自覚しつつも、どうしても前向きには捉えにくかったのは「私の舌はバカ丸出しです」という現実を、妙なプライドが拒否していたからだと思う。そんなことはない! 鶏肉と豚肉の違いくらい分かるもん! と(つまり分からないことがある)。それに肉じゃがだとかハンバーグだとか、「料理とはこういうもの」といういつしか植え付けられた強い思い込みもあった。

 

でもそうした薄っぺらいプライドや思い込みを抜きにして考えれば、実際、僕はウンコのような味さえしなければ、カブとビーツ以外はなんでも等しく、美味しくモグモグと食べられるのだ。


これって実は普通に、かなり幸運なことなんじゃない???

 

こうして「食えればなんでもいい」をかけがえのない自分らしさ、「なんでも美味しい幸運なベロの持ち主」として積極的に認めたとき、料理に対するハードルが低くなったどころか、ハードルそのものがなくなってしまった。

それはレパートリーが増えるとか腕が上がるとかとはむしろ真逆。楽しくもない料理らしい料理を作ることを諦め、これまで料理とすら認識していなかった「何か」も料理と見なす、ということである。

そうして手にしたNEW料理の真髄は実にシンプルだった。

 

 

 

食べやすい大きさに切って、よく火を通す。

 

 

焼くでも炒めるでも蒸すでもなんだっていいが(いまだに違いがよく分からない)、とにかく切って、火を通す。あるいは火を通してから切る。これで安心安全、遥か遠い昔のご先祖様たちの暮らしが脳裏に浮かぶ。もちろんごま油とかオリーブオイルとか塩とか最低限の味付けはする。一見、素材を大事にしてたり、ロハス(これ今でも使う??)な感じに見えなくもないが、その真意は揺るぎなく「なんでもいい」と「めんどくさい」だ。

 

火を通すのもめんどくさいから、生で食べられる物は生で食べるようにもなった。

この時の工程たるや奇跡の「切る」のみ。

まさか一工程で料理が成立するなんてね! 家庭科の授業では教えてくれなかったぜ! 

僕が料理番組に出るとしたら3分もいらない。30秒で十分だ。

 

「切ります。そして今日はし・あ・げ・に、よく火を通します!」

 

毎日のことだ。不器用だとか美味しく作れないとか、そんな余計なコンプレックスは捨てて毎日毎食、堂々と食卓に並べよう。

なんらかの素材に、とにかくよく火を通したものを。

 

木ノ戸

 

★お願い/視察・見学について★

・スウィングの見学日は毎月第3水曜日と第4金曜日となります。 

・時間、料金、定員、プログラム等の詳細については下記ブログをご覧ください。

・現状、定員を10名→5名に変更して実施予定です。

・コロナ禍の影響で実施をしない可能性もあります。予めご了承ください。

 

2019.03.04 Monday

見学日を月2回(毎月第3水・第4金)とさせていただきます。

http://garden.swing-npo.com/?eid=1400635

| ひとりごと | 19:13 | comments(0) | -
足元が見えなくなった時には

 

現在スウィングには社会福祉士なんとかの一貫として、村松さんという大学生がおよそ1ヶ月間の実習に来ている。

彼女はスウィングの空気感を早々に感じ取り、コスプレしたり(まだ見てない!)、自ら演劇ワークショップを企画して試みたり、とてもいい感じの日々を送っているようだ。

 

スウィングでは数年前から社会福祉士なんとかとかインターン的なアレの受入を細々と続けており、その担当者は永遠のリストラ候補・沼田亮平である。今日も明日も明後日もリストラ候補の男に、コロナ第2波で死ぬつもりになってジープを買い、もはやこの世に未練がないという男に「指導」されるってどんな気持ちだろう? と想像しただけで少し楽しい。ともあれ、村松さんが毎日毎日丁寧に書き綴っているレポートに対し、彼がとっても熱のこもった「返し」をしているのは確かである(村松さんのレポートと沼田君の返しは僕の元にも必ずデータで送られてくる)。

 

 

が、ある日の沼田激アツ返しに思わず目を疑う。

 

村松さんは大学のサークルで演劇をしているらしいのだが、その日のレポートの末尾には、明くる日以降の課題としてこう書かれていた。

 

『脚本に使えそうなエピソードや出来事をスウィングから可能な限りみつけだす』

 

この勇気ある意思表明に対する鬼担当・沼田の返しがこうだ。

 

『社会福祉士実習に来ている以上、本末転倒かと思います』

 

バッサリ。一刀両断。

以下、スウィングWEBサイトより抜粋する。

 

アート、環境、エトセトラ。

スウィングは「べき」やら「ねば」やら既存の仕事観や芸術観に疑問符を投げかけながら、

世の中が今よりほんのちょっとでも楽しいコトになればいいな! 

と願う一市民、NPOとして、様々な活動を展開・発信しています。

我ら一市民、我らNPO、我らスウィング。

 

以下、スウィング定款より抜粋する。

 

第3条(目的)

この法人は、既存の仕事観や芸術観にとらわれない自由な働きや表現活動を基軸とした事業を行い、「障害」「健常」「大人」「子ども」「男」「女」等あらゆる「枠」を超え、同じ時代、同じ社会に生きる人々が多種多様な価値観のもと、出会い、関わり、支え合うことのできる社会環境づくりに寄与することを目的とする。

 

……ていうところで働いてきたんでしょ? 13年間も!! 

彼女がやろうとしていることは、これまでスウィングがしてきたこととほとんど同じだ。演劇的・演出的視点を持つことにより、お金を中心とした一面的な価値観の枠外から、この人にはどんな役(仕事や役割)が合うか? この人の魅力やどうでもよさを活かすにはどうすればいいか? 人それぞれが持つ豊かな多面性に光を当てることができる……って何度も何度も伝えてきたのに!! ぷんぷん!!

 

 

 

それどころか月に1度以上はゴミブルーというヒーローになり、最近では悪ノリ……いやチャレンジ精神が高じて「顔ハダイロ」という理解不能なNEWキャラクターになり、すれ違う子どもたちにナチュラルソーシャルディスタンスを取られているという自分自身の仕事や日常は一体全体どこに行ってしまったの!? もう!! ぷんぷんぷん!!!


……ていうか、言いたいことは分かるけれども、いや分からないけど、そもそも「本末転倒」の使い方が国語的に間違ってるのが、輪をかけて気になるし混乱する!! ぷんすかぷんぷん!!!!

 

すぐに2人と話をし、(上に書いたようなことを説明して)村松さんにはもちろんGOサインを出し、そして沼田君を注意した。「顔ハダイロしといて何をぬかしとんねん! ほんで、この本末転倒の使い方は何??」と。この注意によって彼は、スウィングが、そして自分自身が積み重ねてきたことを思い出し、真逆からモノを言っていたことに気づいたという。彼がコソコソ密室的に「本末転倒!」とか言ってたのなら、そりゃちょっと問題だったかもしれない。でも彼は常に「間違っているかもしれない」自分を開示することができ、そして間違っていたら素直に認められる人だ。僕もそんなふうにありたい。

 

……いやいや、何を上から目線の綺麗事を。

そもそも僕は彼に、ぷんぷん偉そうにモノを言える立場ではないじゃないか。

 

まだコロナ禍以前、2020年が明けてすぐ、僕はちょっとした混乱に陥っていた。長い休みを挟んでいろんなことを考えすぎたせいか、自分がスウィングにおいて、あるいは社会に対して何をすればいいのか全く分からなくなってしまったのだ。今となっては何をそこまで……と思えるが、当時の僕にとっては深刻な事態で「このままではスウィングに行けない……」、そんな危機感すら覚えていた。こんな時、スウィングという存在は頼もしい。すぐに沼田君とゆみさんとあやちゃんに話を聞いてもらい、すぐには答えらしい答えは出なかったけれど、とにかく気持ちを吐き出し、落ち着きを取り戻すことができた。

 

 

それから数日後、たまたま沼田君と2人になる時間があったので、今度は冷静にこんな感じで切り出した。

 

「こないだはありがとう。でも相談の仕方が悪かったかもしれない。だから今度は沼田君のことを聞かせて欲しい。沼田君はなんのためにスウィングで働いてるの?」

 

ああ困っている。そりゃ困る。「なんのため」ってこれは困らせるための質問だなと思い直し、「じゃあ、沼田君がスウィングでしたいことは何?」と尋ね方を変える。すると即答で「ワークショップです」。わお。即答って彼には珍しい。そうかあ、そんなにワークショップが好きなのかあ。「じゃあ、なんでワークショップがしたいの?」と続ける。彼は少し間を置き、「スウィングのことを僕なりに伝えられる手段だと思うからです」。

 

この時点で僕の心は「おお……おお……」と盛り上がりはじめている。自分自身の迷いの霧が少しずつ晴れてきたからだ。だからしつこいのは承知しつつ、粘る。じゃあ、なんで、なんでスウィングのことを伝えたいの?

 

「スウィングを知ることで物の見方や考え方が変わったり、生きやすくなる人がいると思うからです」 

 

2億点満点か!!!!! 

 

 

急に沼田君が出木杉君に見えてビックリしてしまったが、僕はこのやり取りに心の底から救われ、「ああ、そうだった……」と原点回帰することができたのである。

 

いつだって難しいのは足元だ。近すぎて、感覚がマヒしてしまって、時として日常の意味すら見失ってしまう。

だから時々誰かに、教えてもらわないと分からない。先へ先へではなく、元いた場所に帰してもらうために。

 

弱っちろい僕たちは繰り返し繰り返し、時に間違え失敗し、他者の助けを借りながら生きてゆく。

 

木ノ戸

 

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| 永遠のリストラ候補・沼田亮平 | 19:06 | comments(0) | -
おぼろげゲーム談義

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自ら好きなときに、したい話をはじめられる人がいる。同じように言葉を発するのに躊躇のない人が、それに応じて話が盛り上がる。

 

一見、楽しげな明るい雰囲気。

 

だが、そんな雰囲気に引っ張られてついつい見落としがちなのが、自ら言葉を発しにくい人、話の輪に入りにくい人、盛り上がっている場の実はすぐそばで寂しい思いをしている人、そんな人たちの姿だ。

 

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だから「Good mixer(グッドミキサー)」でありたいと思っている。

これは今から20年ほど前、同じマンションに住んでいたポーランド人、エリジベータ(今、どうしているだろうか?)が教えてくれた言葉で、会話の輪にそれとなく人を巻き込んだり、いい感じに広げる人のことをいうのだそうだ。

 

スウィング設立当初からGood mixerであることを目指し、いつも意識し続けてきた。

今は現場から少々離れてしまって、そんな機会もかつてより随分と減ってしまったが。

 

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さて2020年、度が過ぎた猛暑日が連発する夏の日の昼休み。

何がきっかけだったか、珍しく「ゲーム」の話で盛り上がる。

 

あふる君は毎日のようにゲームをしていて、深町さんや朝田さんはゲームにほとんど関心がないそうだ。

でも朝田さんは幼き日に「ポートピア連続殺人事件」にハマり、続きがやりたくって走って家に帰っていたらしい。

 

 

え? え? ミサさんもゲームやってるの?? 

そんな気配ないけどいつやってるの??

 

 

「土日〜」

 

 

ああ、お休みの日にね。メリハリがついていいかもね。

じゃあ平日はやってないのかな??

 

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「やってる〜」

 

 

毎日やないか!!

 

 

「でも充電足りないときはせ〜へん」

 

 

知らんがな!! 帰ってすぐしろ!! 

 

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しかしこの雰囲気はGood mixerチャンス! まずは輪の真ん中で黙って話を聞いていたかなえさんに水を向ける。

かなえさんも、なんかゲーム機持ってたよね? あ、DSじゃなかった?

 

 

「うん」

 

 

今はあまりやってないのかな? 

どんなゲームをしてたんだっけ?

 

 

 

「う〜ん。ゲーム」

 

 

 

だから!! なんの!!

 

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たいと君は来年発売されるという、レースとホラーが合体したゲーム(???)が楽しみなんだそうだ。

なるほど、よー分からんけどそれは大好物っぽいね。ところでたいと君はどんなゲーム機を持ってるの?

 

 

 

「スリー」

 

 

 

だから!! なんの!! 

 

 

 

「アッキーさんはゲームするんですか??」

 

 

お、あまりゲームには縁のないっぽい、アッキーに話を振ってるのは深町さんだ。

いいねいいね、Good mixerやね。

 

 

「しないですねーーー」

 

 

やっぱりね。ゲームするくらいならきっと電車のDVD見てるよね〜。

……おおっと、なんか気に障りましたかあ?? 

ゲームしないアッキー、なぜか前のめりな感じで間髪を入れず、デカい声を張る。その表情は少々ムカつく謎のドヤ顔だ。

 

 

 

 

「でもゲームしたことある〜!! 

スーパーマリオっていうな、ゲームしたことある〜!!」

 

 

 

その顔をすぐにやめい!!!

世界中が知っとるわ!!!

 

木ノ戸

 

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| スウィンギン・ドキュメント | 18:37 | comments(0) | -
恥ずべき生などひとつもない

 

◆ 秋の夜長の殴り書き

ときどき思いついたように、詩のような、散文のようなものをノートに書く。たとえば2019年9月19日に書いたのはこんな感じだ。

 

「カミングアウト」という言葉を聞くたび クソッタレな世の中だな と思う 

ただひとりの人が そのただひとつの生を ただ生きているだけなのに

そんな よく意味の分からない勇気を奮い起こして 

自分のことを 打ち明けなくちゃならないなんて まったくひどい話だ

自分こそが「マジョリティ」で「ノーマル」だと思い込んでる 卑怯者たちが 

でも卑怯だから群れをなして「マジョリティ」や「ノーマル」を 

一生懸命にこしらえて守って 守ってはこしらえて

カリソメの安心を得るために そんなひどい話を 生み出し続けているんじゃないか

賢者曰く 「人生は死ぬまでの暇つぶし」らしいぜ

でも そんなくだらない暇つぶしをするくらいなら 

早くさ 「わたしは卑怯者です」ってさ カミングアウトしろよ

 

いやあ、なかなか強い調子で、怒りに満ち溢れている。何かきっかけになる出来事があったのだろうが、それが何だったのかはもはやまったく覚えていないし、夜中に気持ちが昂って殴り書いたものだから、つまり誰かに見せるために書いたものではないから、こうして公にするのも少々勇気がいった(正直に言うと少しだけ手を加えて直した)。でも、この詩(?)の内容が「カミングアウト」に対する僕の基本的な思いであることに違いはない。

 

◆ ひとつ目の告白

ここに告白する。数日前からなんの前触れもなく突然左肩が痛くなり、最初は「ちょっと寝違えたかな?」くらいだったのが、だんだんひどくなって、現在の左腕の可動域はようやく肘を直角に曲げられる程度、(たとえば服を着脱するとか、顔を洗うとかなんでも……)それを超える動作をすると問答無用の激痛に襲われる。夜は「夜間痛」が生じて眠れないし、遂には心臓の鼓動ひとつにすら痛みを感じるという―その名も「拍動痛」―「痛み」を中心とした今を生きている。これはどうやら噂に聞いた「四十肩」らしく、知ってはいたけど、まさかここまでのことになるとは思ってもいなかった。

 

すべて事実であるが、どうだろうか。「大変そうだな」と、少しの同情を寄せてくれた人はいるかもしれないが、この告白に「僕という存在そのもの」に迫るような重みを感じた人は、まあ、いないんじゃないだろうか。僕自身、日常生活に多大なる支障をきたしているこの状況はかなり切実なものではあるけれども、じゃあ、ここにこんなふうに書くことに心理的な負担があったかというと、まったくそんなことはない。でも、なぜだろう。こんなにも辛いのに、それを告白することに何らの重みを感じないなんて。

 

◆ ふたつ目の告白

2006年、僕は主宰するNPO法人「スウィング」を立ち上げたおよそ半年後、積もり積もったプレッシャーやストレスからか突然の「発作」に見舞われ、激しい混乱に陥った。ドクドクと心臓の鼓動が早くなり、手足からとめどもなく汗が吹き出し、何よりいちばん怖かったのは高速道路を運転中だったにも関わらず、絶えず「気が失いそうな感覚」に襲われ続けたことだ。事故る恐怖に怯えながら何とか高速道路を降り、コンビニエンスストアの駐車場に車を停め、大きく息をついて倒れ込んだあの瞬間は、まるで昨日のことのように感じられる。

 

その後も発作は続いた(いや、「発作」という言葉を知ったのは、しばらく後のことだ)。むしろ状態はどんどん悪くなり、車の運転中のみならず、ひどいときには最もリラックスしているはずの、家のリビングでもそれは起こった。

 

一体自分の身に何が起こっているのか?

 

発作そのものよりもきつかったのは「自分の置かれている状態が分からない」という恐怖だ。精神科などでは診断名をもらうと安心する人も多いと聞くが、その気持ちが僕にはよく分かる。最初は脳の病気を疑ったが、「病院へ行く」という選択肢は怖くて選べず、ひたすら自分自身で調べまくった結果、遂に「パニック障害」という言葉に行き着いた……そのときの安堵感といったら! そうか、僕はパニック障害という病気になってしまっていたのか。つまり脳の深刻な病気とかではなかったのか。発作は相変わらずだったので、すぐに精神科を受診し服薬治療を開始(最初は副作用が強く辛かった)、それと同時に近しい人たちや発作が起こりやすい場所(たとえば美容室)にいる人にも自身の状況を予め伝えておくようにした。すると、少し楽になった。

 

最も怖い、車の運転時には「発作、来い来〜い♪」といった、いい加減な歌を大声で歌いまくることにした。怖がるのではなく、積極的に発作を呼び込むモードに切り替えることにしたのだ。すると、さらにまた少し楽になった。パニック発作は電車など社会的な空間で起こってしまう人も多いと聞くが、僕にそれはなかった。さすがに電車内でこんな歌を歌う根性はなかったから、不幸中の幸いだったのだと思う。

 

そして、およそ5年後には発作はまったく起こらなくなり、強い薬は徐々に終了。でも未だに「発作が起こるかもしれない」というザワザワとした不安はなくならないので、ザワザワ用に変わらず頓服は持ち歩き服薬し続けている。それが今の僕だ。

 

このふたつ目の告白は、こうした状況に現在進行形で苦しみ、またそれを周囲になかなか言えない、理解されないという苦しみの渦中にいる人にとっては少しの救いになったかもしれない。いや、厚かましくも救いになって欲しいと願う。僕の心中も少しばかり複雑だ。人に話すことにも、こうして書くことにもほとんど抵抗感はないのだが、胸の奥の奥の、チクリとくる痛みに嘘はつけない。理屈ではなく心のどこかに、何か「いけないこと」を言っているかのような感覚が、まだほんの少し残っているのだと思う。

 

◆ なぜ、「言いにくい」のか?

「四十肩」は誰もがなるかもしれない、めっちゃ痛いけれどもネーミングもちょっと可愛らしい、身体の病気、症状だ。つまり冒頭の詩に書いた「マジョリティ」で「ノーマル」な人たちも等しくなり得るもの、また現にそうなったとしても「マジョリティ」「ノーマル」というポジションが揺るがされることはない。言い換えれば四十肩そのものがマジョリティでノーマルなものだからこそ簡単に言えてしまうのだろうし、したがって言葉としての重みもないし、それを発する心理的な負担もほとんど生じ得ない。

 

でも精神的な病気や苦しみって、なぜ、なかなか人や社会に対して言いにくいのだろうか? 

 

精神疾患がこの国の「五大疾病」になって、もう随分になる(はずだ)。つまり四十肩同様、精神疾患はいつ誰が罹患してもおかしくないもの、その良し悪しは別として、つまりとってもポピュラーな病気なんである。……にも関わらず、世の雰囲気は相変わらず精神疾患に対して差別的だし他人事だし、「マイノリティ」あるいは「アブノーマル」の烙印を押し続けているように見える。

 

もちろん精神疾患だけではなく少数派としての出自、障害、セクシャリティを持つ人たちなどを取り巻く状況も基本的には同様だと思う。「マジョリティ」というくだらない傘に守られた、「ノーマル」ぶった分からず屋たちの有形無形の圧力によって緊張を強いられ、「ただ自分を生きてきた」という単純な、でもかけがえのない、誰も否定なんてできない事実を「言いにくい」ことにされ、「カミングアウト」なんて言葉を迫られている。「言いにくい」って本当に本当に辛いことだ。少数派として人の世を生きることは、それだけで痛みが伴う。そしてその痛みを言えないことは、輪をかけてその人を苦しめる二次的な痛みとなる。誰かを裏切ったわけでもない。誰かを傷つけたわけでもない。繰り返すが「ただ自分を生きてきた」だけなのだ。それが堂々と言えないなんて、いや、言わせないなんて、どう考えたってひどすぎるんじゃないか。

 

◆ 憑き物が落ちた瞬間

「カミングアウト」がマジョリティによって強いられる行為であることを自覚し、また非難しつつも、同時にそれによって人が(程度の差こそあれ)救われることも知っている。それは有名無名を問わず、勇気ある人たちから今も学び続けていることでもあるし、自分自身の経験則でもある。

 

僕は四十肩のこともパニック障害のことも、多少のストレスは感じつつも現在進行形で友人知人、そして世間に向かって打ち明けることができた。けれど、どうにも、誰にも打ち明けることができなかった、まさに死線をさまよった十代という過去を持つ。小学校からはじまる学校時代、勉強やスポーツやリーダーシップを持つことなど、社会や教師から要請されるほとんどのことが「たまたま上手くできてしまった」僕は、やがてそれらを失うことを恐れるようになる。10歳の頃のことだ。つまり褒められたり評価される自分でいられなくなったら何の価値もない、誰にも相手にされない人間になってしまうんじゃないかと、ほとんど無意識のうちに思い込むようになってしまったのだ。そうしてはじまった「失うことへの恐怖」に支配された日々は地獄だった。

 

地獄の底は15歳。遂に心が限界を迎えたある夜、発作的に舌を噛み切ろうとする。でも、生きようとする力が勝ったのか試みは失敗に終わり、僕は生き延びた。この苦しみを誰かに打ち明けたい、分かって欲しいとおよそ10年間、毎日毎日思い続けたが、遂にそれはできなかった。言えば楽になるかもしれない、でも、もし受け入れなかったときには今以上に取り返しのつかないことになるんじゃないか……そんな強い恐怖と不安が常に心の内にあったのだと思う。

 

大学生になり二十歳を過ぎた頃、たまたま新聞で見かけた「大学生の不登校を考えるシンポジウム」という文字に強く惹かれた僕は、ひとりその会場へと足を向ける。そこで話をしていたのは不登校や引きこもりの若者を支援するNPO法人、「ニュースタート事務局」の二神能基氏。彼は100名ほどの参加者に向けてこう語っていた。「自立なんかしなくてもいい、目的なんか持たなくてもいい、人は迷惑をかけ合いながら生きてゆくものです」。……まさに、憑き物が落ちた瞬間だった。ああ、そうだったのか。僕の「失うことへの恐怖」は、「ちゃんと自立すること」「ちゃんと目標を持つこと」「ちゃんとして人には迷惑をかけない」、そんな「ちゃんとしなければいけない」シリーズができなくなることへの恐怖とイコールだったのか。でも、そんなシリーズなんかできなくっても生きてゆけるんだって! これまでの人生がはじめて全力で肯定されたようで、いても立ってもいられず、僕は家族や友人たちに10年間の苦しみをぶちまけた。そして考えられないくらいに、まるで翼が生えたかのように心が軽くなった。

 

◆ 「カミングアウト」の自由

最近、ふと思った。時間の流れは決して一直線に一方向にだけ流れているんじゃないのだ、と。一応、今僕たちは「時は金なり」とか「時間だけは平等」なんて言われる、物理的に等しく流れる時間を1秒1秒生きている。でも時間というのは、実際はもっと前後左右にグニャグニャグニャグニャしていて、もう数えることなんて不可能なくらいに枝分かれを繰り返しながら流れゆくものなんじゃないだろうか。

 

たとえば激しい心の葛藤に舌を噛み切らんとした15歳のあの夜、僕は幸運にも生き延びて、あのときを乗り越えた今を生きている……ことになっている。それは嘘ではないし、一番はっきりと目に見える時間の流れだ。けれど、同時にずっと生き続けているのだ。あのとき、苦しみの底にいた自分はそのまま、今も僕の中で。

 

「カミングアウトなんていらない」とか「いや、するべきだ」とか。人が傍からどうこう言うことではない。だっていずれにしたって僕たちは懸命に「ただ自分を生きてきた」のだし、それはこれからも死ぬまで続いてゆく。

 

苦しみを抱えたままの自分。苦しみを乗り越え前へと進んでいる自分。乗り越えたはずが後戻りしている自分。そのどれかが唯一の自分だなんて決める必要はなく、良いも悪いも酸いも甘いも過去も未来も全部ひっくるめて自分、それでいいのだ。

 

恥ずべき生などひとつもない。

 

※ このテキストは『統合失調のひろば 2020年春号』(日本評論社/2020)より転載しました。

 

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| 考えごと | 16:22 | comments(0) | -
続・JEEPを買うと人はこうなる

 

男らしさに過剰な憧れを抱き、はじめて出会う孤独感に戸惑い酔いしれたあの頃。

え〜っと、つまり中学2年生頃。

同級生たちの多くが、まるで必然のようにハマり崇拝していた存在、それが長渕剛だった。

 

新しいCDが発売されれば、競うようにチャリンコを走らせ本屋へと向かい(CDって何で本屋で売ってるの??)、CDラジカセの前で期待に胸を膨らませた。時に『とんぼ』の大合唱がどこかの教室から聴こえてきたかと思えば、100円玉を入れるシステム時代のカラオケに足しげく通い、やはりそこでも「あまりにも男らしい」曲の数々を皆が熱唱していた。

 

けれど「長渕剛が好きだった」。

この告白に一抹の恥ずかしさを感じてしまうのはなぜなのかしら??

 

 

ところで長渕剛に『JEEP』という曲(アルバム『JEEP』(1990)収録)があり、あまり泥臭くなくって当時からとても好きだったのだが、沼田・JEEP・亮平(以下、J)がおよそ3ヶ月前にジープの購入を決めて以来、僕の脳内には二十余年の時を経て、この曲が時々軽やかに流れるようになった。

 

さて、Jのジープの一件はその後どうなったのか? 

 

★2020.06.18 Thursday JEEPを買うと人はこうなる★

 

遡ること7月6日(月)。

彼が東京のとある販売店から「通信販売」で購入したジープは(一応)無事に納車された。「コロナ第2波で死ぬ」という強い自己暗示により、通常時の100億倍の勢いを手にしたJ。その勢いで高く高く飛び跳ね、「見た目以外すべてデメリット」(J談)という夢のジープを遂に手に入れたのだ。

 

通信販売だから実物を見るのは納車時がはじめて……というデンジャラスな買い物。

納車までにも顔の見えない相手と超イロイロあり、Jが期待と共にかなりナイーブな日々を送っていたのはスウィングの多くが知るところだが、彼のこのエピソードに勇気づけられた人も多いようだ。

 

彼が悠々と高級車を買ったのではなく、コロナ禍の最中、そのコロナ禍を利用してポジティブな大ジャンプをかましたことに。

 

無謀であっても大ジャンプはとりあえず成功したのだ。納車後のJはさぞやウハウハだったことだろう。

が、さすがはJ。僕の型にハマったありきたりな想像はすぐに引っくり返される。

彼はその日、夢のジープを10キロ程度走らせただけで、すぐに家に帰ったと言うのだ。

なんでなんで?? せっかく丸1日休み取ってたのに、「ウキョー!!!」って叫びながら走り倒したんちゃうの?? 

 

 

Jは語る。

 

 

「そのつもりだったんですが、突然自分の体調が悪いことに気づいたんです」

 

 

……どういうこと??

 


「めっちゃ緊張してたみたいで。家に帰ってゲーゲー吐きました」

 

 

ゲーゲー……。

鮮やかな大ジャンプに伴う緊張とプレッシャーが、彼自身にも気づかないほどであったとは……。

どこまでも味わい深く、人間臭い男だ。

 

ちなみに今現在、Jのジープのフロントダンパー(確かサスペンションの一部)には凹みがあるため、振動やショックを吸収しにくく、ハンドル操作にも支障が出ているらしい(危険!)。また、ラジエーターに砂と石が詰まっており、エンジンが冷えずにオーバーヒートしてしまう恐れがあるらしい(だから危ねー!)。……なんじゃそりゃ。……メチャクチャな状態で納車されとるやないか。

 

今回、Jがその身をもって教えてくれたことは多いが、最も大きな教えはこれだろう。

 

クルマの通信販売にはくれぐれも気をつけよう。

 

修理はようやく、明日だそうだ。

 

木ノ戸

 

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