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【寄稿】救う人、救われる人/稲垣えみ子

 

僕の十代は、激しい自意識と葛藤と心身の異常にまみれた地獄のような日々であった。

だから僕に、青春なんてなかったと思っていた。ゼロ青春、来世に乞うご期待。

何の後悔もないし(しようがないし)、それはそれで仕方がなかったのだが。

でも、稲垣さんに、思いがけず「青春」という言葉を与えてもらって、僕は声を上げて泣いてしまった。

これは何という贈り物だ。僕は何て素敵なものを食らわされてしまったのだ。

 

このたび朝日出版社から刊行された『まともがゆれる ―常識をやめる「スウィング」の実験』に寄せていただいた稲垣えみ子さんの文章をここに転載させていただきます。僕の青春はさておき、素晴らしい文章です。予定では3月8日(金)に稲垣さんに会うことになっているのですが、シラフでは絶対に会えないことをここに固く誓います。

 

木ノ戸

 

※ 3/8トークイベントは定員に達したため、受付を終了しております。

 

 

【寄稿】救う人、救われる人/稲垣えみ子

 

この本を読んで、いろんな感想を持つ人がいると思う。  

面白かったとか、笑えたとか、救われたとか、癒されたとか。もちろんそれは全部その通りなのだ。何しろこの本に登場する愉快な人たちの愉快なエピソードには、その全てが間違いなくみっしりと詰まっている。でもきっと、もっとこう、なんというか、そういうわかりやすい言葉だけでは言い表せない、何かずっしりとしたものを感じた人もいるんじゃないだろうか?  

私は、そうだった。  

なぜならこの本には、私が今切実に求めている、これからの長い(短いかも知れないが)「老後」を生き抜くための知恵が詰まっていたのだ。  

私は心の底からナルホドと思い、そして明るい希望を持った。  

……え、だからなんなんだって? ハイ、もちろん誰もが老後に悩んでるわけじゃないでしょう。ですが人の切実な行き詰まりとは、対象はどうあれ案外とその原因の根っこは同じだったりするんじゃないだろうか。  

なので、全くの私事になり恐縮だが、そのことについて書いてみたい。  

 

ここで少し自己紹介をすると、私は今53歳である。バブル時代に大学を出て大手新聞社に就職。伝統ある大組織で働く苦労はそれなりにあったにせよ、時代にも人にも運にも恵まれすぎた人生であったと思う。ところが次第に世の様相が変わってきた。景気は悪くなり、会社も先行きが見えなくなった。人は減り、仕事は増え、将来の打開策もない。なんだか、それまで当然のように思い描いていた幸せってものがどうも少しずつ遠のいていく感じであった。とはいえ今すぐ会社が潰れるわけじゃなし、まあギリギリこのまま一生逃げ切れるか……などとぼんやり考えていた。そんなナメた中年であった。  

 

ところがどっこい。そうは問屋が卸さなかったのである。  

50を前にしたある日、我が世をひっくり返す事件が起きた。母の突然の病が発覚。しかも母はなんとあの、現代人の誰もが恐れる「認知症」になってしまったのである。  

慌ててニワカ勉強をした我が家族は、本人がどんなにおかしな行動をとっても責めたり問い詰めたりせず受け止めることが対応のコツと知り、そのように努力した。それが奏功したのか、母はいわゆる問題行動を起こすことはほぼなかった。でもそれは表面上のことで、誰もが心に絶望を抱えていた。  

おしゃれで頭が良くて、何事もキッチリしていた母。その母が確実に一つずつ「ダメ」になっていく。手は震え、服装は乱れ、背中は曲がり、歩くことも食べることもうまくできなくなっていく。私はそのことが許せなかった。大好きな母が母でなくなっていくことが怖かった。でも誰より母自身が絶望していたのだと思う。だって、おしゃれも、お料理も、人より努力して、人よりも上手くできることが母のプライドだったのだ。それがいきなり、努力が通用しない世界に放り込まれたのである。何をやっても人より「劣っている」のである。そして「劣っている」ことは増えていく一方なのである。母は人前に出ることを嫌がるようになった。説得して外に連れ出しても、知っている人が近づいてくると気の毒なほど全身を硬くして緊張していた。母は自分を恥じていたのだ。スポーツクラブもやめ、髪を切りに行くのも歯医者に行くのも抵抗するようになった母は、家で居眠りばかりするようになった。そしてますます縮んでいき、周囲を悲しませた。  

 

我々は何と戦っていたのだろう。  

もちろん全ては病のせいである。でも本当にそうだったのだろうか。  

そうじゃなかったのだと思う。我々の巨大な敵は我々自身であった。我が家族は「できなくなること」「失っていくこと」への備えが全くできていなかった。それはダメなことだという価値観を信じ切って生きてきた。一生懸命勉強し、働いて、就職し、家を買い、子を産み、子を一流大学に入れ、老後も趣味や付き合いを絶やさず、前へ上へと日々頑張っていた。それが両親の良き人生であった。そしてその子供も価値観を疑うことなく生きてきた。しかしそれは、母の病により一瞬にして暗転したのである。  

動きたがらない母に、我々家族は、頑張って歩こう、できることはやろう、脳トレ頑張ろうと繰り返し言う。だが母は悲しそうにうなずくだけで動こうとしない。そしてある日、そんな耳タコの励ましを受けた母は顔をしかめ、悲しそうに言った。「年を取っちゃいけないの?」  

一瞬の沈黙。いや、そんなことはないんだよ。でもさ、ちょっとでも元気でいて欲しいからさ……と言いつつ、ああそうなのだと思う。母の言う通りなのだ。我々は母が「年をとること」が許せなかったのだ。  

認知症とは急速な加齢である。加齢を止めることはできない。そのシンプルな事実を我々は受け入れることができなかった。いちいちギョッとして、その進行を少しでも遅らせたくて、母を叱咤激励する。でも考えてみれば、それは母の存在の否定以外の何物でもないではないか。それでも「頑張れ」と言ってしまうのはなぜなのか。「できない」という現実にただただ肩を落としてしまうのはなぜなのか。そんなふうに、周囲の人に「肩を落とされ続けて」、つまりは期待を裏切って生きなければならなかった母の悲しみを思うと泣けてくる。  

で、私は遅まきながら考えたのである。  

できないこと、できなくなること。それは本当にダメなことなんだろうか? 阻止しなければならないことなんだろうか? もしそうなら我々はどうやって歳をとっていけばいいのだろう。歳をとるということは「できなくなること」の連続である。その度に敗北感に打ちひしがれ、絶望のうちに死んでいかなくてはならないのだろうか。  

逃げ切れるだって? そんなナメたことを言っている場合ではなかった。ふと気づけば、私にも老いは他人事ではない。というか、すでに私も老いの入り口に立っているのである。  

ことここに至り、私は心から決意した。  

何としても自分を変えねばならない。価値観を変えねばならない。「失っていくこと」は敗北ではない、「できないこと」は惨めではない、っていうか、むしろ楽しいかも……などと考えることはできないだろうか? いやわかっている。どう考えても無理がある。だがいくら無理であってもこの転換はどうやったってやり遂げねばならぬ。そうでなければこれからの我が人生は地獄である。

こうして私の独自の戦いが始まった。  

50歳で会社を辞め、溜め込んでいたモノもほとんど手放した。まずは奪われる前に自ら失う作戦である。こうして「楽しく閉じて行く人生」への迷走が今も続いている。  

 

で、この本は、まさに「失った人」「できない人」「回復することのない人」たちの物語なのであった。  

その名を「障害者」という。  

しかし読み進めるうちに、そもそも障害って何だろう?ということがわからなくなってくる。つまりは、できないとは何だろう、できるとは何だろう?と混乱してくるのである。  

そのくらい、彼らのエピソードは愉快なことに溢れているのだ。  

なぜだ? なぜなんだ?  

実はあまりのことに、まだちゃんと頭が整理できているとは言えない。なので、なんとか理解できたことを理解できた範囲で、箇条書きにしてみた。  

 

_罅垢篭垢せ廚すみで自分たちを縛っている

「健常者」の物語が全部愉快ってわけじゃないのと同様に、「障害者」の物語が全部愉快ってわけじゃない。じゃあなぜこの本は愉快なのか? それは、彼らのいる「スウィング」という場所が、「できない」ということにこだわっていないからである。こだわらなければ敗北も失敗もない。そしてこだわらないだけで、なぜか「できる」がどんどん増えてくるのである。仕事が生まれ会話が生まれ笑いが生まれ詩が生まれ絵が生まれ……っていうか、これって考えてみたら、人生に必要なことの全てじゃないですか? だとしたら、できるとかできないとかって一体何だったんだ?  

というか、おそらく我々はいつだって「できない」ことをなくすこと(そんなこと本当はできるわけないのに!)にこだわりすぎて、そこに尽きることのないエネルギーを注ぎすぎて、「できる」ことをほったらかしにしているのだ。いやいやいや思えばどれだけ無駄なことをしているのだろうか。そして、今度はそんな余裕のある心で「できない」を改めて見てみると、「できない」はダメなことでも無くさなきゃいけないことでもなくて、いやもちろん「できない」という事実には全く変わりないのだけれど、なぜかほとんどチャーミングと同義語になっていたりするのである。  

 

△金に支配されるな  

ああならばなぜ我々は、できるとかできないとかにこだわってしまうのだろう。そのことも、この本にはちゃんと書いてある。全ては「お金を上手く儲けられるかどうか」ということなのだ。それが「できる」と「できない」(ひいては「いい」と「悪い」)を分けているのである。  

改めて考えると、お金はもちろん大事だけれど、所詮は道具だ。  

人が幸せになるための道具の一つ。それだけのこと。ところがその道具が、いつの間にやら我が物顔に人の「価値」まで決めてしまっているんである。で、我々自身もそれを当たり前のことのように認めているんである。で、その価値が低いと決めつけられた人の人生を暗くしたり窮屈にしたりしているんである。で、我々自身もいつその「人生を否定される側」に回りやしないかとビクビクしているのである。それってどう考えても変だよね?  

ナルホド。いや言われてみれば本当にそうである。  

 

思い込みを捨てたら世界は爆発的に広がる  

そして愉快なのは、この、お金が支配する「できる」とか「できない」とかを取っ払った途端、ガチガチにみんなを縛っていたロープみたいなものが緩み、いろんなことが爆発的に生まれてくるらしいのである。イライラは笑いに、無用な緊張は明るい熱意に、敵は友達に変わり……いやそんな理屈を並べるまでもなく、この本に地雷のごとく散りばめられた詩を読めばもう誰も何も言えないよ! だってこの、どんなにカタクナな人の心のガッチガチの栓をも有無を言わせずプシュウと抜くような、破壊的なパワーに溢れた「障害者」のポエムと言ったら!  

正直なところ、私は猛烈な嫉妬を覚えた。一体全体、私にもこんなものが書ける日が来るんだろうか? そんな気がしないのは、私がどこまでいっても力みかえっているからである。小賢しく「できる」世界にしがみついているからである。力を抜くことこそがクリエイティブの肝とわかっちゃいるのだ。わかっちゃいるんだが「健常者」である私は考えすぎて力を抜けないのである。そう「健常」が「障害」になっているのだ!  

いやもう、訳がわからない。全くわからない。でも、少なくとも老いていろんなことができなくなっていくことを恐れることなんてないんじゃないか? ただ胸を張って「できない」を受け止めればいいのだ。だってその時こそ私にも本当のクリエイティブがやってくるかもしれないんである!  

 

ぅ瀬瓩覆海箸魯瀬瓩犬磴覆  

……と、私はなんだかよくわからないながらもすごい希望を持った。  

でも同時に深く落ち込みもしたのである。母の「できない」を認められなかった自分の小ささ、狭さがもたらした罪を改めて考えざるをえなかった。思えば母にもできることはたくさんあったのだ。ユーモアもあったし、嬉しいことがあった時の心が漏れ出したような笑顔は元気な時をしのぐパワーがあった。くちゃくちゃになった服の山の中から一生懸命カッコイイ服を取り出そうとする根性もすごいものがあった。ああそれを一緒に面白がって楽しむことがなぜできなかったのか? もしそうしていたら母の晩年はどうなっていただろう。しかし母はもういないのである。  

ああ本当にダメな私であった。全ては私の弱さである。  

でも、ならばその弱さからスタートするしかないのだ。  

 

この本の著者である木ノ戸さんがすごいのは、そもそもできるとかできないって何だろうね?というところからスタートしたことだと思う。でもそれには理由があって、木ノ戸さん自身が「できることがいいこと」という常識にサンザン苦しんできた人だからなのだ。ついには体に変調まできたす事態となり、もがきにもがいて現在の「スウィング」をつくったのである。  

つまりはこの本は、スウィングに集う人々の非生産性、非効率の極致、そして予測不能なぶっ飛んだ行動に、時にイラつき、いやもう勘弁してよと心の中でツッコミを入れつつも、いや……もしかしてそれってそもそもアリなんじゃ? しかもよくよく考えるとなんか笑える!なんて総括しながら、縮こまりそうになる心を風にさらし、もつれすぎて絡まった糸を少しずつ解きほぐしながら、なんだ大丈夫じゃん! これでいいじゃん! いやむしろこっちの方が良かったりするんじゃ?と、どんどん自由に、身軽になっていく木ノ戸さんの青春の記録でもある。つまりは木ノ戸さんの「弱さ」なくしてスウィングはなかったのだ。というか、自分をサンザンな目に合わせやがった常識とやらをフンサイしてやるために障害者を利用しているんじゃ……つまりは、木ノ戸さん自身が「障害者」に切実に救われているんである。  

 

なるほどそういうことか。  

弱くていいのだ。ダメでいいのだ。ダメだから人に救われるし、救われたら人を救おうと思うのである。こうしてダメがダメを救っていく。世の中を回しているのはお金じゃなくて「ダメさ」「弱さ」であっていいんじゃないか。  

というわけで、私も詩を書いてみました。  

 

愛が地球を救う  

んじゃなくて  

ダメが世界を救う  

 

ああ小賢しい。恥ずかしい。しかしこれが今の私の限界である。まずは自分の弱さを世界に開くところから。ですよね?

 

 

稲垣えみ子(いながき・えみこ)

1965年愛知県生まれ。87年朝日新聞社入社。論説委員、編集委員を務め、原発事故後にはじめた「超節電生活」を綴ったアフロヘアの写真入りコラムが話題となる。2016年に早期退職し、現在は築50年の小さなワンルームマンションで、夫なし、子なし、定職なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしの「楽しく閉じていく人生」を模索中。近著に『人生はどこでもドアリヨンの14日間』(東洋経済新報社)『レシピがいらない!アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)など。

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