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【寄稿】「別にすごくない」と言えること


スウィングの芸術創作活動「オレたちひょうげん族」がスタートしたのは2008年のことである。大した見通しも持たず、ただ「描きたい人がいたから」という実にシンプルな理由ではじめた試みではあったが、その背景に「障害者アート」ブームとも言われる流れが既にあったことは間違いない。けれどその流れは、今のそれとは全く比べものにならない、まだまだひっそりとしたものだったように思う。あれからおよそ7年。「美術」と「福祉」の交差点のような場(今回のトークイベントのことだ)が生まれ、そのような場に自分が参加させてもらえるなんて、およそ想像もできなかったことだが、2020年オリンピック・パラリンピックに向け、どんどんと活気づく「障害者アート」ブームの中であれこれと考え、思いを巡らせ続けていると、そもそも僕たちがしたいのは「美術」ではなく、「福祉」なのだという根本を、強く強く意識するようになった。とりわけ僕たちは「障害福祉」を実践している身であるから、障害のある人たちが幸せに、心豊かに生きられる環境を作ることこそが目的であり、言い換えれば「美術」はそうした「福祉」を実現するためのひとつの手段なのである。このような観点から昨今の「障害者アート」の隆盛を見た時、最も気がかりなのが「障害者」=「芸術性に秀でた人」という新たなド偏見が出現し、そして着実に定着しつつあることだ。実際、「すごいぞ、これは!」展のフライヤーや図録にも「障害があるということは、アートに関して言うならば傑出した才能に恵まれているということなのです。」という「嘘」が堂々と書かれていたりするし、トークイベントの中では「すごいぞ、これは!」という展覧会タイトルそのものに異を唱えさせてもらった。その意図も趣旨も理解はできるが、この言葉に鑑賞者が作品を観る目線を偏らせてしまったり、既述したド偏見を強化させてしまう力があると考えたからだ。



しかしながら、美術のプロ達が「すごいぞ、これは!」と強く推薦する作品群を実際に観てみると、「確かにすごいな」とか「これのどこがすごいねん…」という、正に批評的な眼差しを自然と持たされたこともまた事実である。著名な芸術家は数多くいるが、人それぞれ好き嫌いがあるだろう。しかしながら、障害のある人が生み出したものについてはどうも「NO」が言いづらい、そんな雰囲気が世の中にあるように思う。そうではなく、「すごい!」と思うものには素直に感動し、心動かないものには「別にすごくない」と率直に感じること。鑑賞者がそうしたある種の強さを身に付けてゆくことが、「美術」にとっても「福祉」にとっても、新たな出発点になるのではないだろうか。

NPO法人スウィング 理事長 
木ノ戸昌幸


※ この文章は…

「すごいぞ、これは」展(高知会場)スペシャル・トークイベント記録
それらを愛でること・批評すること
−美術のまなざしは「障害のある人のアートになにができるのか?」

…より転載しました。
| 考えごと | 17:52 | comments(0) | trackbacks(0)
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