2014.07.04 Friday
3歳児、鞍馬山を制す
ある梅雨の日曜日。
3歳半の息子・そうたろうと2人、京都・鞍馬山へ出かけた。
息子と山歩きをするのは僕の数少ない、かねてからの夢の1つだったし、最近ちょっとでも気にくわないことがあると、
「おとうもおかあも嫌い!み〜んな嫌〜〜〜〜〜い!!!」
とブチ切れて泣きべそをかくのが定例化しつつあるダサダサの甘えん坊将軍がどこまでやれるか、ちょっと試してみようと思ったのだ。試すといっても鞍馬山は、3歳の将軍様がはじめて挑む山にしてはまあまあ厳しい。鞍馬寺を経由して貴船神社へと抜ける約2キロの行程は、“八丁七曲りの九十九折(つづらおり)参道”と呼ばれ、かの牛若丸が修行をした地としても知られる。
7〜8年前、アッキーやかなえさんともチャレンジしたことがあるが、その時は早々にアッキーの心が折れ、仕方がないのでみんなでスゴスゴ引き返した…という全然パッとしない思い出もある。
だからまあ、そうたろうもすぐに「しんど〜い、つかれた〜」と音を上げ、結局は僕が約15キロの将軍様を抱っこしながら歩く羽目になるんやろうな…と、覚悟を決めて向かったのも本当のところである。
さてさて、ダサダサ甘えん坊将軍。最初はなかなか足取りが軽い。石段を線路に見立て、この上なく非効率的なルートを辿りながら、ゴキゲンに歩を進めてゆく。時間は無駄にかかるが、楽しみながら行くのが一番である。予想に反して鞍馬寺本殿までの石段を上り切り、「よくがんばったな!」と褒めながら本殿前のベンチに座り、2人で昼食を摂る。
…雨がパラパラと降ってきた。
傘もカッパも持ってこなかったし道もぬかるんでしまう。本降りになったらここで引き返すしかないな…と諦めかけた父の落胆の一方、そうたろうはハイテンションで雨の中を踊りまくっている。なぜなら雨とともに、
「おし〜っこ、ふってくる〜♪おし〜っこ、ふってくる〜♪(延々繰り返す)」
という、至極のオリジナル・ソングが彼の脳内に舞い降りてきたのだ!
まるでこの歌を届けるためだけに降ったかのように雨はすぐに止んだが、「はやくいこ!」と父を促し張り切る3歳児は、以後の約30分間、「おし〜っこ、ふってくる〜♪おし〜っこ、ふってくる〜♪」と狂ったように大声で歌いながら、険しい山道を悠々と突き進んだのだった。
(父は少し恥ずかしかったが、すれ違う人たちは皆、なんにも聞こえないフリをしてくれた。山は人を優しくさせる。)
しかし天から授かった歌の力も、やがて終焉を迎える。
「なんかつかれてきた〜(T_T)」
将軍様が情けない声をあげはじめたのだ。じゃあ、リュックを持ってやろうと一時身軽にさせるが、
一度折れかけた心はすぐにまた折れてしまう。
ここまででも予想以上の頑張りだとは思う。でも、できることならば、このまま自分の力で歩き切ってほしい。そのためには…そのためには…自分が情けないダサダサ甘えん坊将軍であることを、そうたろう自身が忘れ去ってしまうことだ!
そう思いついた僕は、グズリ始めた将軍様に向かってこう話しかけた。
「あれ?ひょっとして忍者君ですか?忍者君は山を歩くのが上手ですねー!」
そうたろうの顔が一瞬輝き、輝きを保ったまま、徐々に忍者へと変わってゆく!
「そうです!忍者君です!」
驚くべき単純ボーイ!
常日頃「快傑ライオン丸」を見せ続けた成果が今ここに!
「あれ?そうたろうくんは?そうたろうくんはどこへ行きましたか?」
「そうたろうはとんでいきました。」
「そうたろうは飛んで行ったんですか。じゃあ、これからは忍者君、よろしくお願いします!」
「はい。よろしくおねがいします。」
こうしてあっさり忍者となったそうたろうは、いっとき前のグズリが嘘のように元気を取り戻し、力強く新たに歩みはじめることとなった。
ボクは忍者だから歩くのが上手い!ボクは忍者でそうたろうじゃないから、このおじさんとは敬語でしゃべる!
「忍者君、忍者君のお父さんはどうしていますか?」
「おとうさんはお空へいきました。」
「…お、お空へ行ったんですか?いつ帰ってくるんですか?」
「かえってきません。」
「……。」
これは忍者君のお父上のことである。忍者君のお父上は遠いお空へ行ってしまったようである。断じて僕の事ではない。断じて僕の事ではないが、ちょっと涙が出そうなのはなぜかしら?
「そうですか、お父さんはいないんですね…。じゃあ忍者君、忍者君のお母さんは何をしているんですか?」
「おかあさんはミカンをつみにいっています。」
ほお。なかなかまともな。
それらしいことを言う。
「どこにミカンを摘みに行ってるんですか?」
「イオンです。」
それ、たぶん万引きやんけ!!!!!
…忍者君の家庭の事情はなかなか複雑である。
「忍者君、この木すごいですね!この木は何でできてるんですか?」
「この木は“ねこじゃらし”でできています。」
「あ、忍者君、川の音が聞こえてきましたね。あの川は何という川ですか?」
「あの川はオシッコです。」
こうして複雑な家庭環境の、何でも知っている忍者君との愉快なやりとりは途切れることなく続き、
そうこうしているうち、なんと!なんと!遂に我が子・そうたろうは“八丁七曲りの九十九折参道”全行程を、自らの足で歩き切ったのだ!
親バカだが僕は感激した。途中から激しく忍者が憑依したとはいえ、まるで想像していなかった息子の頑張りに「すごい!すごい!」と声が弾んだ。
やればできる!やればできる!(上手くごまかせばできる!)
ちなみにゴール後も息子から忍者は出てゆかず、変わらず調子が良かったので、さらに叡電・貴船口駅までの約2キロを、父子2人で歩き続けたのだった。(その間、そうたろうは道行くすべての車に見えない手裏剣をシュシュシュ!と飛ばしていた。だからめっちゃ危なかったし、めっちゃ時間かかったっつーの。)
“親の心子知らず”と言うが、親は親で、手前勝手な思い込みで、子どもの力を(大きくも小さくも)見誤るものだ。まさか家の階段の上り下りさえ抱っこを求めるダサダサ甘えん坊将軍が、山道4キロを歩き切るなんて!
でも、そういうものなのかもしれない。
力というのは決して一定ではなく、大きくなったり小さくなったり。そして親だからって、子だからって、自分とは違う“人”なのだから、そもそも分かりっこなんかないやんけ!と考える方が自然なのかもしれない。(自分のことだって未だによく分からないぜ。)
まあ、なんだっていい。
ある梅雨の日曜日。
僕はもう2度とは来ないある1日を、もう2度と会えない“その日の”息子と共に、
深く深く、もうこれ以上無いっちゅーくらいに抱きしめたのだ。
木ノ戸
遂に駅に到着した途端、忍者は普通の男の子に戻りました。