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大先輩の言葉
先日このブログで「福祉」という言葉について書いた。

あれはもちろん僕の本音であるが、
大人になった落合福嗣氏の写真をUPしたい!みんなに見てほしい!!
…というスケベ根性(?)がかなりのウェイトを占めていたことは否めない。

誠に自分が残念だ。

そんな不真面目な記事を読んでくださったある方から、
こんな素敵な文章をご紹介いただいた。


『福祉用語を考える』

 普段、何気なく使っている福祉用語にも、良く考えてみると、今の時代には相応しくない言葉と出会う。福祉という言葉そのものも、決して例外ではない。福祉の語源は、「福」が酒を入れた瓶で、「祉」はそれを乗せる台を表している。即ち、語源的に福祉とは、御上より賜るものであり、救貧と考えた時代の言葉である。一般的に「あの人は福祉を受けている」或いは、「福祉の世話になっている」と使われるのはその為であろう。本来、福祉とは人々の豊かな生活を保障するものであり、その豊かさは心に支えられるものである。今の時代には、例えば、「福祉」の文字を『心豊生活』と書き換えて「ふくし」と読み変えた方が良いかもしれない。
 
 障害者という言葉もいやな言葉である。似た言葉に、障害物があるが、障害物が邪魔物なら、障害者は邪魔者となる。近年、精神薄弱者という言葉を知的障害者と改めているが、この言葉ももうひとつ馴染めない。
  
 障害はその人のごく一部分でしかない。なのに、人格まで含めた人そのものを障害者と呼ぶのは当たっていない。たとえ、身体と言葉を添えても、障害者という言葉が人としての存在をも否定しているように感じる。人は身体に何らかの障害を持ちつつ生きている。人は皆、障害者なのである。障害者という言葉は、まだ必要なのだろうか。もし必要なら、人として大切な心に目を向けた、優しい言葉はないものだろうか。
(季刊誌「橡」第7号巻頭言より)



青少年の自立を支援する、セルフサポートセンター「東樹」のホーム長、
龍尾和幸先生の文章である。

感激した。
自分は間違っていない、と強く確認できた。

龍尾和幸先生。
お名前は以前から知っていたが、実際にお会いしたことはまだない。
(スタッフ西川君は学生時代に龍尾ゼミに所属していたそう!)

だが僕はもう、心の中で勝手に「先生」と呼ばせていただいている。

木ノ戸


MDさん作、オコックマ。

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