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【クソ真面目エッセイ-16】世界が芸術「的」でありますように。

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芸術とは何か。と、訊かれて必ず思い出す光景があります。 かつての僕の家のベランダには、鉢植えがいくつかありました。おそらくバジルを植えて、食べて、そのまま一年程放置された鉢植えや、ルッコラだった鉢植え。そのどれもが、種から芽吹き、ひとしきり悦んで食べられたのちに、食べられきれないほどの葉を繁らせ、花を咲かせました。「こんな花だったんだ」というわずかな心の膨らみを僕に与え、やがて枯れて、翌年には少し干からびた土を抱える器となりました。室外機とともにベランダに並んだ鉢植えたちは、一年間だけの小さな農としての役割を終え、中長期的な気まぐれに左右される次の出番を静かに待っていたのでした。 ベランダに並んだかつて小さな農だった鉢植えたち。その一つに、身に覚えのない花が咲いているのを発見したのは、翌年か翌々年か、ともかく干からびた器の存在を気に留めることもなくなったある日の夕方だったと思います。

 

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芽吹くはずのない器から芽吹き、咲いた、一つの花。もともと土の中に種があったのか、鳥や風に運ばれてきたのか、その出自はわかりません。いずれにしても、僕の知らないどこかから運ばれ、いつの頃からか土のなかで淡々と芽吹き支度をして、必要なだけの陽と雨を浴び、誰にも気づかれぬうちに葉を広げ、健気に花を咲かせ、地上で僕と出会った。まさかの一つの花が目の前にあったのです。それは、日常のなかに密かに準備されたささやかな奇跡でした。その奇跡が広げた想像力の翼の感触を、僕は今でも鮮明に覚えています。僕の想像力は―わずかな時間ではあったけれど―空間的にも時間的にも日常から飛び立ち、その翼に新鮮な風を受けたのです。

 

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芸術は、人を日常から解放する。僕はそう思うし、そう信じたい、といつも答えてきました。日常とは、棲み慣れた価値観でもあり、予定調和な時間でもあります。僕たちがいつのまにか慣れ親しんでいる常識でもあり、無意識の初期設定が支える世界でもあります。芸術は、そのような既知の景色のなかで、あらたな感受性へと誘うことができる。この一つの花のような機能を、世界にまさに芽吹かせること。それが芸術の役割だと思っています。

 

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そう僕は迷いなく書きますが、あなたにとってはどうでしょうか? 芸術とは何か。少しのあいだ、あなたの答えを探索してみてください。おそらく迷いなく答えることができる人は、実はそれほど数多くはいないのではないか、と僕は思っています。そこには、わずかながらの勇気、あるいは、ある種の覚悟までいるように思いますがいかがでしょうか? そこで、芸術「的」とは何か。と、問を変えてみようと思います。同じく答えを探索してみてください。今度は、わりとすんなりと言葉にできるように思います。自身の人生を少しだけ振り返れば芸術「的」だった経験は少なからず探し出され、その質感を言葉にすることで答えることができるように、僕は思います。いかがでしょうか。芸術を問われればうまく答えられいけれど、芸術「的」を問われれば、ビートルズも村上春樹も、母の料理も息子の笑顔も、わりと胸をはって、芸術「的」だと、答えることはできる。僕はそう思っています。

 

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この芸術と芸術「的」の間にあるもの、それが社会というものだと、僕は思っています。芸術「的」が社会化されると芸術という概念になる。言い換えれば、芸術とは共通の価値観や認識に支えられている。一方、芸術「的」は、「芸術としての特性を備えているさま」などと、辞書には答えのようで答えていない記述が載っています。そう、芸術としての特性を備えているかどうかを決めるのは各自に委ねれているのです。答えが社会の側にあるか、個人のうちにあるか、その差がそこにはあります。 身の周りを見渡せば、同じような構造に溢れているように思います。芸術を仕事、教育、優秀、健常…と置き換えてみてください。社会の初期設定と化した価値観、自分の外にある正解のもとに僕たちは生きています。その全てに「的」を付けて、自分の側に引き寄せる。その全てに「的」をつけて、柔らかで緩い価値観にする。それが、僕の肩書きである社会芸術の第一歩です。そして、各々が一つの種をこの世界に仕込みましょう。いつの日にか、たくさんの花が咲く世界の訪れを願って。世界が芸術「的」になる日を願って。

(フリーペーパー「Swinging Vol.23」より転載)

 

文・桜井肖典(さくらい・ゆきのり)

デザインコンサルティング会社を経営後、2013年よりイノベーションプログラム「RELEASE;」を主導、現在まで国内外で6,000名を超える参加者へ講演やワークショップを重ねる。「芸術と社会変革のあいだ」でカテゴライズされない活動を展開する社会芸術家であり起業家。一般社団法人RELEASE;共同代表、オンラインメディア『PLAY ON(http://playon.earth)』発起人。

 

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【揺れるシセツチョー】ケツの穴の小ささについて または個人のスマホを職場で充電してはいけないのか

青空 杉本裕仁 2017

 

オーストラリアの巨大岩石「ウルル」(エアーズロック)は、「世界のヘソ」と言われている。じゃあ、「世界のケツの穴」はどこなのだろう。分からない。分からないが何となく最近、世界のケツの穴が小さくなってきているな…と思うことが多い。それはもちろんいい感じではなく、非常に息苦しい、居心地の悪い感覚である。

 

ある日のスウィング、終礼の時間。誰でも、どんなくだらないことでも言っていい(言わなくてもいい)、いつもの空気感の中で、いつものようにゆうと君がひょいと手を上げて、「じゅうでんして、すみませんでした!」と言い、ぴょこんと頭を下げた。これはいつもの「昨日の晩、何食った」とかいう、眩いばかりにどうでもいいことではない。軽く受け流すわけにはいかない。その日の昼休み、スウィングのある場所で、ゆうと君は自分のスマホを充電しようとしたらしい。すると傍にいた人たちの多くから「アカン!」「ダメ!」、そうした注意や叱責の集中砲火を受けたらしい。僕がその何分後かに事情を伝え聞いた時、頭ごなしに四方八方から責められたことが悔しかったのだろうか、ゆうと君は黙り込んで怒っていた。「スマホの充電くらいええんちゃうん」とかいう意見は1つも無かったのだろうか。結論を急がず、ちょっと立ち止まって考える人は1人もいなかったのだろうか。僕はシンプルに「なんてケツの穴の小さい話だろう」と思いながら、「充電無かったら困るもんなあ」とゆうと君のスマホを充電した。ええやん、ええやん、これくらい。こんなん、誰にでもあることやろ。…が、その数時間後、ゆうと君は不特定多数の、顔の見えない大勢に対して一方的に頭を下げ、しおらしく謝ったのだ。「職場ですべきじゃないっぽいこと」に対する即時的且つ大多数且つごもっともな正義に力技でねじ伏せられたのか。あるいはゆうと君自身が「みんなの言う通りスマホを充電するのは良くないな」と思い直したのか。僕はショックを受けながらも「スマホの充電がいけないのなら電子レンジを使ってお弁当を温めている人は? ガスを使ってカップ麺のお湯を沸かしている人は? 電気をつけて化粧直しをしている人は? ロッカーに私物を入れている人は?」等々並べ立て「良いか悪いかはスウィング中のコンセントが充電器で埋め尽くされた時に考えればいい。問題になる前から問題視するのは良くないのではないか」という私見を述べた。

 

目の前にあるのは常に歴史上はじめての風景であるはずなのに、「善」か「悪」か、「公」か「私」か、すぐに白黒をつけたがる風潮が蔓延している。個人による殺人は圧倒的な悪であるのに、国家による大量殺戮は正当化されたりする、そういうデタラメな世界に僕たちは生きているというのに。テレビをつければ一度の失敗を犯してしまった人への大バッシングが執拗に報じられている。問題をこれでもか! と拡大化し、問答無用の正義によって、問答無用の悪を、問答無用に押し潰さんとする光景には、「自分も失敗するかもしれない」という想像力の欠如というより、「失敗すること」に対する過大な恐れが満ち満ちているように見える。いずれにせよ、そこにあるのは「人間」という不完全な器の度量を遥かに超えた、「失敗は許されない」という誇大妄想であり、大いなる勘違いである。

 

違う。「人間」はちゃんと、失敗するようにできている。

 

「ケツの穴の小ささ」とは、他者に対する、ひいては自分自身に対する不寛容さと言い換えることはできまいか。スマホの充電ごときで誰かが死ぬわけでもないし、誰かの一度や二度の失敗が、世界を破滅させたりはしないだろう。安易に振りかざすケツの穴の小さい正義や正論は、結果的には自分自身の首を絞めてゆくことになる。誰かに対して禁じたことは自分自身にとっても禁じ手となり、その反対に誰かに対して投げかけたOKは、きっと自分自身の何かを赦し、少し呼吸をしやすくさせてくれる。もうルールは腐るほど用意されているし、もう皆十分に頑張っているのだと思う。だから、NGやアウトや過剰なリスクマネジメントではなく、できればOKやセーフや「よっしゃ! 今から失敗するぜ!」「よ! ナイス失敗!」といった寛容さや余白を、世界に増やしてゆきたいと願う。テレビやネットやどこかの遠い国ではなく、目の前を通り過ぎてゆく日々を、注意深く眺めながら。

(フリーペーパー「Swinging Vol.23」より転載) 

 

文・木ノ戸昌幸(きのと・まさゆき)

NPO法人スウィング理事長。1977年生まれ・愛媛県出身。立命館大学文学部日本文学専攻卒。NPO、演劇、祇園のスナック、遺跡発掘等々の活動・職業を経て、「毎日笑えるよ」という友人の勧めで障害のある人に関わる仕事に就く。2006年にNPO法人スウィングを立ち上げ、「障害福祉」の枠を超えた創造的な取り組みを通して、社会を変えてゆきたいと願ったり願わなかったり。黄色が好き。でも青も好き。

 

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【クソ真面目エッセイ-15】どうせなら『生』で

 

つい先日、ここiTohenを使って頂きスウィングさんの企画・かなえさんの個展が終了。搬入に訪れてくれた木ノ戸さんと亀井さん。そして勉強に来られたという女性と共に、亀井さんが綿密に練り上げてきた計画図を元に、淡々と作品を設置しました。こういった作業は、途中で悩んだら危険です。いくらでも悩めるし、いくらでもこだわれます。何でもそうですが、『過ぎる』とろくなことがない。スウィングさんはこれまで、のべ15回に渡る展示で要領を得たのか、手際の良さでアッという間に、かなえさんのこれまでの変遷を御覧いただける展示を作り上げました。急に寒くなり始めたこの季節にはピッタリの温かい珈琲をはさみ、木ノ戸さんと談笑している時『近頃の若い人は。。。』なんてフレーズを、まさか自分で言うような年齢になったなんて信じたくはないですが、まあごく自然に言ってたわけです。そこでこのエッセイを書くにいたり。2003年の暮から大阪市北区本庄西と言う、“中崎町”の北隣、少し歩けばもう淀川、と言ったあたりで『いとへん』を始めました。なんやかんやと、この年末で15年目を迎えます。ここは基本的には、『展示をする場所』です。ジャンルは不問。絵でも、器でもなんでも。使いたい方が、使いたいようにしてもらえたら。そんな気持ちで続けてきました。ところが年々、『展示をしたい!』と言う血気盛んな若者を、とんと見かけなくなりました。SNSで十分なのか、それともそもそも自分の表現など、人に観てほしくないのか。。。それは一括りにする話ではありませんが、どこか人と関わろうと思う心の距離が離れていっている気がしています。それも年々。わずかだけど確実に。

 

 

小さな専門学校ですが、20年弱、週1回の先生としても勤務もしています。僕は毎年、年を取れど(当たり前ですね)、彼女彼らは毎年、だいたいハタチ前後。教室を見ていると、この2〜3年、急激にコミュニケーションのあり方が変わってきたように感じます。休憩に入り、元気に喋ってるなぁ、、と思うと突然、シーンとなる。見ると、みんな判を押したようにスマホにかじりついている。資料を探すとなると、PCの前から一歩たりとも動きません。もちろん全員とは言いませんが、9割は微動だにしません。まるで動くことが暗黙の了解のように固く禁止されてるかのように。僕は思うのです。画面越しの情報はたかが知れてると。(有用な情報も勿論ありますが)足を運んで、その場で聞いて、見て、意見を言って、考えてみて、、としないと大切な『何か』を得れないと思っているのです。どうやら人生は一度きりのようなので、であれば『?』と思ってしまった事は、とりこぼしたくないと思ってこれまでやってきました。でも、まぁ面倒ですよね。なぜ、そうするか? それはつまるところ楽しいから。僕は快楽を求めたいのです。だから、教室でも、自分のお店でも言い続けてます。現場に足を運ばないと『もったいないよ〜!』と。世の中に、お節介な人が減りました。それはそうだ。僕も含めてなんだか知らないけど、忙しい。なんだか知らないけど、年々、世間が厳しくなってる。人にかまってる場合じゃない。でも、僕は、嫌われようが、うっとおしがられようが、『お節介』を仕事の根本にするために独立してやってきました。もう、変えようがない。僕の生まれ持った『本質』だから。『芸術』は、未だに僕もさっぱりワカラナイ。と、言うか知れば知るほど遠のいていく。でも、関わる価値があることは体感しました。世にはびこる『サクセスの仕方』なんてつまらない本には書いていない智恵が、作品とそれを作った人物から学ぶ事が多々あります。その表現は、障害をもっていようがなかろうが関係ない。言語を使っていない視覚表現なんだから、どのように受け取ろうと、自由です。だから思うのです。ぜひ、『生』に触れてほしいと。それを繰り返していくと、何かから『解放』されると信じているから。

(フリーペーパー「Swinging Vol.23」より転載) 

 

文:鯵坂兼充(あじさか・かねみつ)

1971年鹿児島(現 薩摩川内市)生まれ。高校卒業後、単身で上阪。梅田にある大阪総合デザイン専門学校入学。研究生修了後、画家を目指しフリーターで生計を立てるも、挫折。内装業の仕事を経て大阪総合デザイン専門学校に専任講師として就職。2000年に独立後、作家の発表の場を作るべくiTohenと言うギャラリーを大阪市北区本庄西にて2003年に開設。同時にグラフィックデザイナーとして活動。現在に至る。

 

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| フリーペーパー「Swinging」掲載! | 17:59 | comments(0) | trackbacks(0)
【特集】「ゴミコロリ」という仕事。

 

NPO法人スウィングが2008年10月から展開する清掃活動「ゴミコロリ」。焼けつく日射しも凍てつく木枯らしも少々の雨も腰痛もおかまいなし! 毎月愚直に地道に続けてきたその回数は2017年2月、遂に「第100回」を迎えた。なぜスウィングは誰にも頼まれていない、一銭にもなりゃしない「ゴミコロリ」を大事にするのか? なぜ人は誰にも頼まれていない、一銭にもなりゃしない「ゴミコロリ」にやって来るのか? 内輪で盛り上がってもアレなんで、かと言ってなんにも知らない人に聞かれるのもアレなんで、このフリーペーパー「Swinging」を共に創り続けてきたデザイナー、坂田佐武郎氏をインタビュアーに迎え、我らのプライド、「ゴミコロリ」の謎に迫る!

 

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木ノ戸昌幸(きのと・まさゆき)

1977年生まれ。NPO法人スウィング理事長。立命館大学文学部日本文学専攻卒。2006年にNPO法人スウィングを設立。人の「働き」を「人や社会に働きかけること」と捉え、「障害福祉」の枠を超えた創造的な取り組みを展開中。

 

更田麻美(ふけた・あさみ)

1980年生まれ。2006年よりNPO法人スウィングに所属。通称・あちゃみ。「口から生まれた」メリットを生かし、1年365日ひたすらしゃべりまくっている。清掃活動「ゴミコロリ」では2015年より「ちゃみブルー」として活動している。

 

Q(きゅー)

1973年生まれ。2006年よりNPO法人スウィングに所属。清掃活動「ゴミコロリ」の他、芸術創作活動「オレたちひょうげん族」、京都人力交通案内「アナタの行き先、教えます。」等、多方面に渡ってスウィングの「仕事」を中心的に牽引している。

 

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坂田佐武郎(さかた・さぶろう)

1985年生まれ。グラフィックデザイナー。大阪のデザイン会社勤務後、出身地京都で独立。紙ものデザインを主な分野に活動している。2013年から「Swinging」のデザインを担当している。

 

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「ゴミコロリ」とゴミ拾いの違い

 

― 「ゴミコロリ」と「ゴミ拾い」は何が違うんですか?

 

Q  「ゴミコロリ」と「ゴミ拾い」の違いは、「ゴミ拾い」はゴミを拾うだけ、「ゴミコロリ」はゴミをコロリと拾うこと。

木ノ戸(以下、木) あ、いいね。

更田(以下、更) コロリと拾う(笑)。

木 平日の昼間にやるっていうのがまず違いやと思う。

更 ああ〜。笑いも入れつつ、タイトルつけたりとかユニークに。「ゴミブルー」 [1] になってやったりもするし、地域の人との関わりも考えて。

木 なんか予習してきたみたいやな(笑)。地域の人との関わりとか考えてるんや。

更 まあ、やっぱり子どもらに手振ったり。「ちゃみブルー」[2] やから。

 

― あちゃみさんは結構どっぷり浸かってるんですか?

 

木 あちゃみちゃん、「ゴミコロリ」がはじまった時からいるやろ? 「第1回」は2008年の10月ね。

更 はい。

木 Qさんは最初から乗り気やったと思うねんけど、あちゃみちゃんは割と最初の頃は積極的じゃなかったんよね。お金にうるさい人やってん(笑)。

更 はい、はい。そうですね。でもやったら楽しさが分かりました。吸い殻探しが楽しくなってきて。お金に換えられないものが「ゴミコロリ」にあるんですよね。

木 「(ゴミが)無い無い!」うるさくって。

一同 (笑)

木 そんないきなりゴミ袋がいっぱいにならへんやん。

更 ウフフフ。今も「無い〜無い〜」言うてますよ。

 

― いいことか、悪いことか分からないですね(笑)。

 

木 結果的にはちゃんといっぱいになるんやけどね。ゴミ袋もいろいろ歴史があったよね。

Q うん。

木 最初は45ℓの袋。なかなかいっぱいにするのが難しいし、いっぱいになったらなったで重くて運ぶの大変やから、それを段々30ℓとか15ℓの袋に持ち替えていって。

更 そうですね。

 

― すごいですね、段々洗練されていってる。

 

木 あと全員がゴミ袋持たなくていいとか。

更 ああ、あったあった。

木 今、全員は袋持ってへんよな。

更 誰かとシェアっていうのが多い。全員持たんでもええやんって。

木 毎月いつやるかも決めてなかった。

更 そうですね。今みたいに第3水曜日って決まってなかったですよね。ふんわりとはじまった気がする。

木 車や自転車が危ないってことを警戒して、無難な賀茂川[3]沿いからはじまってんな。ただでさえゴミが少ない賀茂川沿いをみんなでね。

更 そうですね。最初はみんなでぞろぞろと。

木 先に歩いてる人がゴミを拾っちゃって、後ろの人はゴミが無いみたいな(笑)。だからだんだんグループ分けもしていって。今は上賀茂地域[4]を6エリアに分割してる。

 

― なるほど。なんか年表作りたくなってきた(笑)。

 

木 だから例えば南-1エリアの人は自分たちのエリアに着くまでは、その間に通る他のエリアのゴミは拾わないっていうルールがあんねん。

Q でも、拾ってしまうねんな。

更 拾いたくなりますもんね。

 

― 拾いたくなるゴミとかあるんですか?

 

更 煙草の吸殻を見つけたらもう…。あの側溝の網々の中にはまってるのを見つけたら拾いたくて仕方がないんですよ。でも、エリアが決まってるから拾ったらあかんと思ってこらえるんですけどね。

 

― エリアに入ったら拾い出す?

 

更 「やったー!」って。吸い殻を拾うたびに嬉しくて、嬉しくて(笑)。

木 回を重ねるごとに他にもルールができていったよね。畑に入っちゃいけないとか。

Q それとか火バサミを車に当てないとか。

木 「首に気をつけろ!」っていうのもあるな。

 

― 首に気をつけろ?

 

木 車道のゴミを拾う時に、昔あちゃみちゃんが危ない目にあってん(笑)。北山通り[5]でね。足は歩道にインしてるんやけど、首が車道にアウトしてんねん。そこに市バスがやって来て、もうちょっとで首をもがれかけた。「首ポロリ」ね。

一同 (笑)

 

― 「首ポロリ」なってたら、もう「ゴミコロリ」無かったですね(笑)。

 

木 そうそう。そういうピンチがあったから、気が利く人が車道側に立って歩道側の人を守るとかするようになった。

 

― どんどん更新されてますね。どうやってバージョンアップされていくんですか? 木ノ戸さんが決めてるんですか?

 

木 そんなことないよ。

 

― 畑に入らないとかは?

 

木 あれはやっぱり誰かが畑に入って怒られたからやな。おれが言ったんかもしれんね。「畑はどうやら入ったらダメみたいだ」って(笑)。危ない目っていうとね、Qさんがゴミを拾うか? 命を守るか? っていう2択に迫られた時に、命を捨ててゴミを拾いに行ったことが忘れられへんねん(笑)。

一同 (笑)

 

― それ、どういう状況ですか?

 

木 賀茂川沿いのまあまあ車通りが激しい土手があって、ビニール袋がふわふわと舞ってたんやね。Qさんは車とゴミ、両方の情報をキャッチして迷ったわけ。で、「いける!」って判断したんやけど、めっちゃ危なかってん(笑)。

 

― ビニール袋は取れたんですか(笑)?

 

Q 取れた。

木 だからおれ、あちゃみちゃんが市バスに首をもがれかけたやつと、Qさんが車に轢かれかけたやつ、あの風景を見れただけで「ゴミコロリ」やった甲斐あったなって思ってる。

一同 (笑)

 

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― 僕、事務所に自転車で行くんですけど、朝、銀行の人とかいろんな人が掃除してたりするんです。

 

木 必ずやってるよな、あれ。

 

― あんまりいい感じには見えないんですよね。

 

更 ああ、言われたしやってるみたいな?

木 言われたからやってるんやと思うで。おれらは別に誰にも言われてないもんな。

更 自分らは楽しんでやってるし。

木 普通の「ゴミ拾い」に参加したことある?

更 普通の「ゴミ拾い」は無いですね。「ゴミコロリ」でやったのがはじめてですね。

 

― 僕は何回かありますね。小学校の授業でなんですけど、山の中でいろんなゴミが落ちてるのを拾いましたね。

 

木 「ゴミコロリ」と「ゴミ拾い」の何が違うんだろうと考えた時に、「ゴミ拾いしましょ」ってなったら「面倒臭い」って気持ちになるやん。

 

― 見てる方は面白くないですよね。面白くないというのが基本で、あとはちょっとウザいとか、押しつけがましいとか、ゼロからマイナスに気持ちが傾くんですよね。

 

木 なんか清らかなものを見せられてるような感じがするよね。

更 恩着せがましい?

木 そう。「ゴミ拾い」にはどうしてもポジティブに捉えざるを得ない暴力性というか、押しつけがある気がする。そのへんが「ゴミコロリ」にはあんまり無いんちゃうかなあ。

 

― 確かにそうですね。

 

更 楽しんでやってるしね。

木 「ゴミコロリ」がお金にならないか? っていう議論した時期はあったやんな。

 

― そういう議論、やっぱりあったんですね。

 

木 あった、あった。

Q でも「ゴミコロリ」ってお金にならへんやつやろ?

木 せやで。でも「ゴミコロリ」に広告つけようかっていう時期もあったやん、スポンサーを。でもスポンサーをつけるとやっぱり顔色をうかがったり一気に制約かかるし、無い方が「Swinging」だって、こうやって好きな風にできるわけやん。

 

― そうですね。スポンサーの宣伝になりますからね。やっぱり裏が見えてしまうというか、やらしい感じがしますよね。ゼッケンは「第1回」からあったんですか?

 

木 「第1回」からあった。あっ、そういう意味ではちゃんと準備してたんやなあ。火バサミもあったし、ゴミ袋もあったし。区役所行ったり、最初はおれが段取りしたんやと思うで。

 

― 区役所行くんですか? こういう活動しますって?

 

木 毎月、区役所行って申請してんねん、実は。もう馴染みやけど。行政用語で「一斉清掃」って言うの。

 

― ええ〜、「一斉清掃」!?

 

木 大勢で一斉に清掃するっていう意味で。坂本一生[6]かと思った。

更 ああ、でも高橋一生[7]の方が…。

木 でもって何やねん(笑)。

一同 (笑)

木 そういう意味ではスポンサーは行政やんね。

 

― そうですね。そう考えると、あながち自分たちが楽しいからやってるだけではないような気がしますね。行政のひとつの活動として、それを代行してるって感じしますよね。

 

木 ………。

 

― そこまでではないですか?

 

木 いや、それ新しい考え方やなあ。

 

[1]「ゴミコロリ」の広報部隊、「まち美化戦隊ゴミコロレンジャー」の構成員。全員、ゴミブルー。

[2]現在、唯一の女性ゴミブルー。あちゃみがゴミブルーやから「ちゃみブルー」。

[3] 京都市内を流れる一級河川。

[4]京都府京都市北区上賀茂。名所として賀茂別雷神社(上賀茂神社)、深泥池等があり、国の重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けている。

[5]京都市街地北部の東西幹線道路。現代感覚をとり入れた建物が並び、ブティック、飲食店等も多い。

[6]さかもと・いっせい。タレント。旧芸名は新加勢大周(しん・かせ・たいしゅう)。

[7]たかはし・いっせい。俳優。

 

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「ゴミブルー」の登場

 

Q ゴミ拾いと「ゴミコロリ」の差は〜。

木 あ、すごい。最初に戻したな(笑)。

Q ゴミブルーがいるかいないかだと思うんだけど。

木 その心は?

Q ゴミブルーだけ警察に捕まるから。

木 確かにね。警察に捕まるゴミ拾いなんて無いもんな(笑)。

Q  でも段々覚えてもらって、今がある。

更 うんうん。そうや。

 

― ゴミブルーは最初からいたんですか? ゴミブルーを登場させるきっかけとかあったんですか?

 

木 最初はいない。

更 何きっかけやったかな? 覚えてないな。

木 覚えてないの?

更 忘れてます(笑)。

木 ゴミブルー初登場は「第50回」の時ね、ちょうど5年前ぐらいやわ。

更 あ、そっか。

 

― じゃあ、結構ためてたんですね。もっと早いこと出てたイメージが。そのぐらい計画されていたというか狙いすましてやってたのかと。

 

木 「第50回」に至るまでにもゴミブルーはいたんよ、キャラクターとしては。イベントに出たりね。でも「ゴミコロリ」本体にはずっと登場してなくて。やっぱりね〜、この上賀茂地域って伝統的で歴史もある地域やから(笑)。

 

― 「第50回」まで温められてたと。

 

木 「お祝いやし盛大にやりましょ!」ってノリで出した。で、やってみて「意外と大丈夫!」っていう手ごたえを得たんやと思う。警察に通報された時期は…ちょっと分からんなあ。

更 50回の時とちゃいます?

木 記憶力すげーな。あちゃみちゃん、そん時いた?

更 いましたよ。

木 Qさんは?

Q いたよ。

木 ビビった?

更 ビビりましたよ、もちろん。

 

― チャリンコで来たんですか、警察は?

 

木 パトカー3台。

 

― パトカー3台!? すごいっすね。

 

木 だって超不審者やもん。

一同 (笑)

 

― 僕も夜、家帰ってマンションの前にゴミブルーがいたら通報すると思います(笑)。

 

木 でも今は警察に通報されたりする気しないんやけどな。コンビニ入って買い物だってするしなあ。だいぶおかしいよなあ。

更 はいはい。

 

― それはかなり。このご時世ですからね。

 

木 コンビニも入るやろ。もう平気で交番にも行けるんやから行けない場所ないやん。

更 そうですね。

木 第1回目からゴミブルー登場させて、「クレジットカード落ちてたんですけど」って交番に行ったらたぶん射殺やんね。ゴミレッドになるな。

 

― いや、ゴミパープルになりますね。

 

一同 (笑)

木 なんかね、実感としてはどこに行ってもセーフなんよね。ゴミブルーをおかしいと思わない周りの視線もそうやけど、ゴミブルー自身の変化もデカイと思う。

 

― ああ、パフォーマンス力。

 

木 そうそうそう。ゴミブルーが「私たちは異物です」っていう感覚を持ってるとやっぱりそれは伝わると思うんやな。

更 ああ。

木 今はもう、自分がゴミブルーであることを忘れる時すらある。「今日どっちやったっけ?」って。ほんで「あっ、視界が狭いから今日はゴミブルーか」みたいな(笑)。

 

― もう麻痺してる?

 

木 麻痺してる。こっち側も「慣れた」っていうのはあるね。自分の中でもうOKが出ちゃってる状況が緊張感を生まないんやと思う。

 

― それはあると思いますね。犬もこっちがビビると、向こうもビビるみたいな。

 

木 そうそう。だから銀行強盗する人は「銀行強盗感」をいかに出さないかが勝負やねん。

一同 (Qを見る) 

Q しーひんわ!

一同 (笑)

更 まだ自分は恥ずかしさが残ってますね。

木 失格!

更 うう、失格は困る…。

 

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「ゴミブルー」の力

 

― ゴミブルーがいるっていうのはやっぱりすごいですよね。

 

木 「全ての属性をかき消す」っていうのがゴミブルーのすごいところ。「男/女」とか、「障害者/健常者」とか、「頭おかしい/おかしくない」とか。

 

― うんうん。

 

木 例えば変なカチューシャ付けたりするわけやん、Qさんは。その場合、「ゴミコロリ」必須の火バサミはたぶん逆効果で、周りの人からしたら「子猫の首を拾いまわる人」みたいに見えると思う(笑)。で、ゴミブルーの存在が猫殺しのQさんを…。

Q 猫殺しちゃうで!

一同 (笑)

木 「アブナイ人」扱いされかねない人がいても、もっとビジュアル的なインパクトがあるゴミブルーに目がいくっていう。車イス押されながら「ゴミコロリ」やってるKAZUSHIくんだって、ゴミブルーになると「目が見えにくい」とか「歩きにくい」とか、そういう「障害」的な視点が破壊されてしまう。

 

― そうか〜、それは面白いですね。いろんなもんをゼロにするというか。Qさんはゴミブルーにならない?

 

木 ゴミブルーに必要なのは体形とやる気だけ。Qさんはやる気があっても体形が…。

Q (スーツに体が)入らん。

木 だから塗るしかないな(笑)。

更 ボディペイント(笑)。

木 ゴミブルーがもはやセーフやからアウト作んないと(笑)。

 

― 物理的な問題ですね(笑)。じゃ、逆にサイズがあればQさんもやりたい?

 

Q あんまり。

木 ほんとは入りたいくせに!

 

― でもなんかハメが外れるっていいですよね。昔だったらお祭りとか普段の自分じゃなくなれる機会って結構準備されてたような気もするんですよね、無礼講な感じというか。そういうのが最近無い気もするんで、ゴミブルーがそういう役をやっているような感じもしますけどね。

 

木 「ハレ」と「ケ」みたいなことをすごく考えたことがあったんやけど、そういう意味では落ち込んでる日でもこれ着たら「ハレ」にならなくちゃいけない! っていう回路が働く。あちゃみちゃんだって調子のいい時ばっかりブルーになってるわけじゃないやん?

更 そらそうですよね。

木 ゴミブルーを見る側の人も「ハレ」になるよね。「ケ」の人は通報するか、スルーやわ(笑)。

 

― それこそ獅子舞とかでも、中に「誰々のおっちゃんが入ってる」って分かってるけど、盛り上がる前提ってあると思うんですよね。それにちょっと近いと思います。

 

木 うん、近いね。「上賀茂幼稚園」 の裏門とか分かりやすいよな。

更 ああ、うんうん。

木 幼稚園のところに小さい門があって、ゴミブルーに気付いた子どもたちが「あのオッサンやろ!」って寄って来んねんけど。

更 増田ブルー が一番じゃないですかね、やっぱり。

 

― バレてるという(笑)。

 

木 バレてることも織り込み済みで「こないだゴミブルーで来てた人や!」っていう認知が成立していて。だから何年か前まではゴミブルーじゃないと手を振られなかったわけ。

 

― うんうんうん。

 

木 で、今は増田政男その人に手が振られるわけね。

更 私もまれに「ゴミレンジャーの人や」って言ってくれる子がいて。増田ブルーには適わんけどあそこまでなりたい。

木 増田さんは子どもひとりいたら(緊張で)スウィングに来れなかった人やで。そう思うとやっぱり、あのマスクの持つ力ってなんかあるなあ。

 

― いや、あるんじゃないですか、やっぱり。簡単に言うとスウィングがやってる「ごっこ遊び」やと思うんですけど、幼稚園児からしてもそれに乗っかれて単純に楽しいっていうのもあるし、やってる側の心境の変化とかも含めると、ちょっと心が楽になるみたいなのがあるんかなと。一瞬リアルな自分を離れられることによる解決というか、何かと距離を取れるというか。

 

木 「ゴミコロリ」をしてるだけで「私たちは平日の真昼間から胸張ってゴミ拾いをしています!」みたいな解脱感はあると思う。なんか「ゴミコロリ」ってなるとちょっとだけ気合い入るよな。

更 よっしゃ! 頑張るぞ! みたいな。

木 そういう意味では相当、非日常的な「ハレ」やと思うんよ。ある種の優位性を感じてるのかもしれない。でもゴミブルーは特にそうやわね。いつもの自分じゃなくなって一層「ハレ」の世界に飛べる。

 

― カメラマンもそんな感じですね。成田とかでもカメラを持って撮りに行くってなるとカメラを武器にちょっと変な人にならないと人に接近しきれないみたいな。何かしら非日常性みたいなものを出すことで人との距離を縮めるみたいなことはあるみたいです。

 

木 うん。人と人との間の敷居を下げる。

更 「ゴミコロリ」きっかけの増田さんと子どもたちとの関わりとか、スウィングも全然休まなくなったっていうのがすごいし、今は増田さんがいなければ「ゴミコロリ」盛り上がらへんのちゃうかなと思うくらいですね。

木 すごいよな。

 

[8]かずし。2013年よりNPO法人スウィングに所属。芸術創作活動「オレたちひょうげん族」にて愛してやまない「志村けん」を頂点とした独自の表現世界を展開中。

[9]京都市立上賀茂幼稚園。スウィングのチョーご近所。

[10]増田政男が中身のゴミブルー。増田政男については下記。

[11]ますだ・まさお。2006年よりNPO法人スウィング所属。左官屋、自衛隊、夜の街での(あり得ない)豪遊等々、さまざまな経歴(?)を持つ。かつては休み癖がひどく、最盛期は出勤率3割を誇る。

[12]成田舞(なりた・まい)。写真家。第16号より夫の坂田佐武郎氏とともに「Swinging」の制作に関わる。2009年、littlemoreBCCKS写真集公募展大賞・審査員賞 (川内倫子氏選)。2008年littlemoreBCCKS写真集公募展審査員賞 (松本弦人氏選)。

 

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「持続性」と「場開き」

 

― 10年という時間もすごいですよね。「ゴミコロリ」ってネーミングも「ゴミブルー」もアイデアがすごいなあっていうところが目につきがちなんですけど。それと同じくらい10年続いてて、そのアイデアを受け入れてくれる地味な地元の認知の広がりみたいなものが面白いなって。

 

木 「ゴミコロリ」を通じて増田ブルーが知られて、結果的に増田政男その人が子どもたちから愛されてる。増田さんがこうなった過程って増田さんの中でも引き継がれてゆくものやし、地域の中でも引き継がれてゆくものやんか。やっぱり「毎月1回」って続けてゆくのが大事なこと。そういう地道さしかないよね。積み重ねやなあ。

更 そうですね。

 

― 京都は特にそういう部分あるかもしれないですね。

 

木 ゴミブルーが出る出ないに関わらず、たぶん見てる人は見てたと思うよね。だって目につかないわけないやん、あんな2、30人で。ゴミブルーがいなくてもおかしいで、そら。

更 ああ、青のゼッケンつけた集団が。

木 やっぱり、相当怪しかったんちゃうかな。

Q うん。

更 今は「ゴミコロリ」してたら「ありがとう」って言ってくれる人の方が多いですよね。

木 昔はなんか言われたの? 悪いこととか。

更 昔はどうやったやろ? あんまり記憶に無いけど「ありがとう」の言葉はなかったかな。

木 それは、あちゃみちゃんがPTAみたいなオーラ出してるからと違うん?

一同 (笑)

更 ええ! そんなことないですよ。でもまだその頃はなんか、地域の人も声かけにくかったっていうのもあるんでしょうね、たぶん。

木 そらそうやろうね。

更 今は気軽に声かけてくれはるし。

Q 「ご苦労様です」って言ってもらえる。

木 「苦労してへんわ!」って逆ギレせーへんの?

Q なんでや!

 

― 10年間、台無しですね(笑)。

 

一同 (笑)

木 暑いから寒いからって止めないもんね。1年通して必ずやるっていう地道さがやっぱり一番物を言うんじゃないかな。

更 吹雪の中もやったし。

Q 雨の中でも。

 

― 「敷居の低いイベントが定期的にある」というのは地域的な住みやすさにも繋がるんじゃないかと思うんです。

 

木 そういう「装置」が必要な時代であり社会なんやと思う。「装置」なんか無くてもそうなればいいんやけど、たぶん「装置」を作らざるを得ないんやと思う。でも、それらしい不自然な一過性の「装置」では文化として根付いてゆかない。「ゴミ拾い」って誰が見ても分かるから根付くよね。でもQさんの絵は「誰もが」にはならない。

Q なんでや。

木 おれは今日もQさんの詩見てゲラゲラ笑ったけど、面白くない人には面白くないやん。

更 そりゃ、読んだ人の目線ていうのはそれぞれやし。

Q 見る人によって個人差があるっていう。

木 そういうこと。

 

― 「ゴミコロリ」にはそれが無いということですよね。

 

木 誰も文句のつけようが無いっていうか。そこが「踏み絵」みたいなもんで、仇でもあるんだけど「どうぞ踏んでください」的な余地を残しているところがあざとい(笑)。

 

― もうひとつ大きいなと思うのが、「ゴミコロリ」は他のスウィングの活動と違って積極的に外に出てますよね。「持ち出し型スウィング」というか。

 

木 そこに面白さがあると思うんよね。今「場を開く」っていうことに対してすごく関心が寄せられていて、そういう試みがたくさんある気がする。でもただ開けばいいってもんでもなくって、開いた気になってるってことが多いと思う。

 

― うんうん。

 

木 「場を開く」っていうのは、「私たちのこの感じに反応する人、来てください!」って特性を持つやんか、当たり前に。つまり、ある文化っていうのはどうしても人を限定する。「オープンですよ」って言いつつ実はすごく限定してる。いい悪いじゃなくてね。それは「ゴミコロリ」も一緒なんやけど、いかにそのハードルを下げるか? っていうのが肝心やと思う。最近多いやんか、「お気軽にお入りください」とか書いてある立て看板。でも、入りにくいもんは入りにくい。「場を開く」っていうのは、「ウェルカムな状況で待つこと」じゃなくって、「ウェルカムな状態でその場の異文化を持って外に出ていくこと」やと思うねん。自分たちのテリトリーの中で「待つ」っていうのは実はすごい閉じてる。怖がってる。でも「場を開く」っていうのはそれぐらい怖いことなんやと思う。そういう意味では展覧会とかは「待つ」しかできないから難しい。でも「ゴミコロリ」の場合は「待つ」んじゃなくって「勝手に通りすぎる」やん?(笑) ゴミブルーがコンビニで買い物もするやん?(笑) そういう「待つ」んじゃなくって「動く」場の開き方をしたいんよね。

 

[13] スウィングは芸術創作活動「オレたちひょうげん族」から生まれた作品群を発表する主催展覧会を、毎年3回程度開催しているのだ!

 

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「ゴミコロリ」は続くよ、いつまでも。

 

― 「ゴミコロリ」の心得をお願いします。3つ集まるはずなんで。

 

木 3つ集まった時、何が起こるんやったっけ?

一同 (笑)

更 ドラゴンボールもらえる(笑)。なんやろ、心得…。ゴミを見つけたら人に取られるな。

木 最低やな(笑)。パンデミックとか起こった時にスーパーで1番最初に盗み働くやつや。

更 えええ! それは無いっす(笑)。

木 まあ、いいや。じゃ、ちゃみブルー目線で。

更 ちゃみブルー目線やったら…子どもの笑顔は大切。フフフフ。

Q 子どもだけか? 「ゴミコロリ」とは「いたちごっこ」なり。

一同 ああ〜。

木 でも捨てられんと仕事にならへんわけやろ? それはどう思うの? 「いたちごっこ」やとゴミ捨てる方が悪いみたいになってるやん。

Q 微妙。

更 「微妙」ときた(笑)。

木 捨ててほしい?

Q 微妙。まあ、どっちにしろ「いたちごっこ」には違いないから。誰かが捨てるから拾う。

更 なるほど。ゴミが無いと「ゴミコロリ」はできないってわけで。

 

― 持ちつ持たれつ(笑)。

 

木 でも、やらんでも誰も困らんわけでしょ? それが心得やと思うなあ。やった方がいいと思うようなことに意味が無くって、やらんでええと皆が思ってることの方に意味がある気がするんよね。「ゴミコロリ」は誰も一銭も儲からへん。だけどみんなすごく充実感があって「金になることが全てじゃない」っていうことをちゃんと証明してるひとつやと思う。それが人ひとりにとってすごく大きな意味を持つものやということ。

更 ほんまにね、拾うことが生きがいになってたりするしね。

木 生きがいやったら毎日すると思うんやけど、してへんやん(笑)。

更 「ゴミコロリ」の時だけやるから〜。

木 そうそうそう。生きがいみたいになってしまうと、それはそれでしんどくなると思うわ(笑)。

更 でも毎月の楽しみではありますね。

木 そうね。楽しみ方も人それぞれやんか。休憩時間のアイスが楽しみでやってる人もいるし。

更 ほんまですね(笑)。

Q ゴミブルーになるのを楽しみにしてる人もいるし。

更 もうちょっとやってもいいかなと思ったりもするけど。週2ぐらいでやったら京都市内すっきりする(笑)。

 

― 週2。多いですね(笑)。

 

2017年11月6日(月)収録/写真:成田舞

(フリーペーパー「Swinging Vol.23/特集:『ゴミコロリ』という仕事。」より転載)

 

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【揺れるシセツチョー】「目に見えないモノ」だらけ

新しい家が欲しい/後藤実/2016

 

大型ショッピングモールに行く。滅多に行かないが、時々は行く。そこには楽しそうな表情を浮かべた人、明らかに苛立っている人、無表情に淡々としている人、本当にたくさんの人がいるが、僕は同時に「そこにいない人たち」について考えることがある。こんなにもたくさんの人が、今、当たり前のように目の前にいるが、この場所に来たくても来られない人はどのくらいいるのだろうか、あるいは存在さえ知らない人は一体どのくらいいるのだろうか、と。来れたら幸せ、来れなければ不幸せというのではない。ただ、賑やかに晴れやかに、まるでこの時代や社会を端的に象徴しているかのような大型ショッピングモールという景色の中で、「そこにいない人たち」に思いを馳せる時、世界が決して「目に見えるモノ」ばかりでできているのではないという単純な事実を、分かりやすく感じることができる。 

 

いつの頃からか、月に1、2回、目の見えない人に鍼を打ってもらうことが習慣化している。お店に入って予め指名した人(当然「達人」を指名する)と「こんにちは」と出会う時、いつも僕の心は少しばかりほっとするのだが、それは恐らく、自分の姿を見られていないことに対する安堵感のようなものだと思う。そしてベッドに寝そべり、いざ施術がはじまると(もちろん目で見られているわけではないのだが)、今度は自分の身体の奥深くまで、優しく丁寧に見られていることの心地良さを感じはじめる。誰かが「怖い! 鍼は目の見える人に打ってほしい!」と言ったのには笑ったが、なるほど、まあ分かるような気もする。けれど、この安堵感や心地良さの正体は一体なんなのだろう。 

 

先日訪れた京都の北部の方(つまり田舎の方)のある温泉には「浴室内で喫煙しないこと、発見したら即出入禁止」といった旨の貼り紙がはられていた。浴室内で喫煙する人がいるのか!? …というシンプルな驚きと、そりゃ最低限のマナーは守らなあかんよなという思いとともに、1回失敗! 即退場! という寛容さに欠ける風潮が、社会の隅々にまで浸透しているのを目の当たりにしたようで、なんだか暗澹たる思いに包まれた。映画館に行くと、あれも禁止! これも禁止! のオンパレードが続く。やはりマナーは大切だと思うけれど、前の席を蹴ってしまったなら「あ、すみません」でいいのではないのだろうか。誰かによって都合よく作られた「べき」やら「ねば」やらおせっかいに囚われ、思考が、身体が、行動が萎縮してゆく。何かもっと大切なことがなおざりにされているような気がする。 

 

ある時、スウィングのある人の危機的な状況について、また別のある人がこう言った。この状況はピンチではなくチャンスなんだと。それもその人固有の問題ではなく、スウィング全体がより良くなるチャンスなんだと。皆が皆じゃないにしても、こうした発想が「誰か」から生まれるこのスウィングという場を、僕は誇らしい! 素晴らしい! と素直に感じた。個の問題を個の内に留めず、もっと全体をいい感じにしようぜ! という捉え方は、僕が考える「アート」にとても似ている。私的な(そして多くの場合、非常に切実な)問題や美意識なりを、「普遍性」「全体性」を有するものに高めること、その過程にこそ「アート」は在るのではないか、あるいはそうした過程をこそ「アート」と呼ぶのではないか、そんな風に考えている。もちろん作品としての「アート」があることは確かだが、過程無くしてそれが生まれ出ることはない。卵が先か? ニワトリが先か? の話に似ているけれど、僕としては作品としての「アート」(=ニワトリ)が成立するまでの過程に宿る、目に見えない「アート」(=卵)の方に興味がある…というか日々魅力を感じ続けている。 

 

この世界で生きてゆくことは、多くの「目に見えないモノ」によって支えられ、時には阻害されている。「縁」とか「運」とか、年を取った人たちはさらっと何気なく言うけれど(…偏見だろうか?)、それらは本来さらっと言えてしまうくらい、当たり前に大事なことなのだと思う。北野武監督・映画「座頭市」は小石につまずいて転んだ座頭市の「いくらめいっぱい目をおっぴろげても、見えないもんは見えないんだよなぁ」というセリフで締め括られる。映画を観た当時はこのセリフ要らん! と残念に思ったものだが、今この歳になってようやく、このラストの意味が我が身を通して少し分かる気がする。

(フリーペーパー「Swinging Vol.22」より転載) 

 

文:木ノ戸昌幸(きのと・まさゆき) 

NPO法人スウィング理事長。立命館大学文学部日本文学専攻卒。NPO、演劇、遺跡発掘等々の活動・職業を経て、「毎日笑えるよ」という友人の勧めで障害のある人に関わる仕事に就く。2006年にNPO法人スウィングを立ち上げ、「障害福祉」の枠を超えた創造的な取り組みを通して、社会を変えてゆきたいと願ったり願わなかったり。

 

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【クソ真面目エッセイ-14】スウィングここがオモシロイ!!

 

わたしから見たスウィングは、とにかくオモシロイ。そして、楽しい。もう、毎日通いたくなる。そして、みーんなちがうし、楽しい絵とか、話とか。とにかくオモシロイ!! もう、だれかと話すたびに笑っちゃうし…だって、木ノ戸さんなんか、行くたびにオモシロイことしてたり、なんかくれたり、そのくり返し。だから、みーんな大好き♡また夏休み、ぜったいスウィングかけつける。みんなと絵をかいたり遊んだり。とくにミサさん!! わたしのことプニプニするんやもん! あとゴミブルー、もうゴミコロリしているときなんかめっちゃめっちゃ楽しいんやもん!! だから、ウレシイ。みんなが、私と遊んだりしてくれるから。だって、けっこう何でもしゃべるから、それを聞いたりしてくれて。だからウレシイ。でも、昔、私のことを知らない人だけだし、なんかこわかったけど、一人一人の事を知って、みんなわたしのことを知ってくれて、だからこそ、みんなとしゃべったりできる。だからこそ、スウィングがオモシロイ!! みんなで、遊んだりオモシロイことして仲良くなったから、もっともっとオモシロクなっていった。きっとこれからもっともっとオモシロクなると思う。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

正直このラブレターに何を付け加えても野暮だなぁと気が進まないのですが、野暮ついでに馴れ初めを。

私たち家族は上賀茂住人で、スウィングさんとはご近所。スウィングさんの活動についてはお腹を抱えて笑えるブログで密かに知っていたのですが、実際にお付き合いさせて頂くようになったきっかけは町内の地蔵盆でした。一昨年地蔵盆の運営をする役員になった私は、スウィングさんに子どもたちのためのワークショップを地蔵盆でして頂けないかとお願いしました。とてもありがたいことにスウィングさんは快く引き受けて下さって、愉快なワークショップ「バッジ・グー!」で子どもたちを楽しませてくれました。やんちゃ男子たちを増田さんが一手に引き受けてくれていた様子、いまだに忘れられません…。

その後も「ゴミコロリ」に参加させてもらったりする内に、ムスメはスウィングのみなさんと「仲良く」なっていきました。放課後「ちょっとスウィング行ってくるわ!」と宿題を持って行きかけた時には、「ちょっと、ちょっと!! スウィングさんお友達の家とちゃうし!」と引きとめたこともありましたが、「どうぞどうぞ」と懐の深いスウィングさん…夏休みなど長期のお休みの時には、お友達と一緒に何度も遊びに行かせてもらいました。「沼田さん、計算できんのやで!」とか、「XLさんて、誰も呼んでない。みんな、はっとりさんって言ってる」とか小ネタ満載で帰ってくるので、スウィングファンのワタクシも大喜び…じゃなくて、本当にみなさんから可愛がってもらって楽しい時間を過ごしているんだなぁということが毎回ムスメのおしゃべりから伝わってくるので、ありがたいなぁとしみじみ思うのです。

極めつけは、この1月。ムスメは習っているクラシックバレエの発表会を迎えました。スウィング以外でも交流のあるかめちゃんに「来てね〜♡」とプログラムを渡したのですが…なんと当日スウィングのみなさんおよそ10人ほどの方が、発表会を見に来て下さったのです。スウィングオールスターズを前にクラクラ…ムスメの手前大きな声じゃ言えませんが、いやでも言っちゃいますけど、正直「よその子のためにそんなにまでしてもらって…ありがたい(涙)」とその時は思いました。

でも、「ありがたい」という気持ちはそのままですが、ムスメが原稿依頼を受けて勢いよく5分くらいで書いた上記文章を読んで、「あっ、そっか。みんなとは仲良しなんだもんね。よその子、ちゃうね」と反省。うち、とか、よそ、とか関係なく、ムスメにとっては「一人一人の事を知って、みんなわたしのことを知ってくれ」て仲良くなった人たち。「来てくれてありがとう!」で、それ以上でも、それ以下でもないんだ。

つい「うち」「よそ」というような境界線を引っぱってしまう私を尻目に、そんなことを軽々と超えて「遊んだりオモシロイことして」仲良くなっていくムスメ。それを「まぶしいなぁ」なんて眺めているから、私はまだ「ファン」どまりなんですね。

(フリーペーパー「Swinging Vol.22」より転載) 

 

文:西尾詩(にしお・うた)

小学5年生の女の子。和風ハンバーグが好き。カボチャとマメとトマトが大の苦手。

 

文:西尾美里(にしお・みさと)

京都上賀茂で「梟文庫」という小さい図書館を運営しています。「Swingy days」も、「Swinging」バックナンバーもありますよー。

https://www.fukuroubunko.com/

 

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【クソ真面目エッセイ-13】妹

 

東京の吉祥寺で、障害者施設で作られる雑貨ばかりを専門に日本全国から集めて販売する「マジェルカ」というショップを営んで今年で6年になろうとしています。その活動の中で感じる様々を、不定期ですが普段からブログとしても書きつらねているので正直ネタ切れ気味で、今回SWINGさんからこのコラムのお話を頂いてから、今さら何を書こうかとても迷ってしまいました。聞けばテーマはなんでもOKといの事なので、それなら私的に過ぎて自分のブログではあまり書かない、というか書きにくい事でも書いてみようかなと。

 

障害者の作る商品を販売しているというといかにも人が良さげで意識の高い人物を想像されてしまうようで、それが実際に会ってみると正反対の下衆っぷりにがっかりされてしまう事も多い私なのですが、事実この商いを始めるにあたっての動機も、障害者福祉の抱える課題を解決したいぜ! エイエイオー! といった火傷しそうな熱い思いからではありません。今でこそあちこちで目にする機会が増えたけれど、当時はまだほとんど誰にも知られていないお宝を発見したという事に強く興奮をおぼえてマジェルカを始めました。とはいえ、さすがにそれだけではなく、自分の妹に障害があるという事もこの障害者の世界に関心を持つ理由の一つとしてあったと考えています。ただ、だから何故? と問われるとはっきりとはいえないのだけれどやっぱり影響はあったのだと思う。妹が障害者手帳を取得したのは大人になってからで、障害があるのか無いのか判断が微妙な、いわゆるボーダーといわれるタイプでした。そんな妹と家族の中では私がおそらく一番身近な立場で暮らしていたと思います。昔は「知恵遅れ」なんて言葉もあって、親から「彼女は知恵遅れだからしょうがない」なんて言葉を事あるごとに聞きながら私は育ってきました。「だからあなたが助けてあげてね」とも。

 

靴の左右を履き違えるなんていうのはざらで、集団登校の時には周りの子供たちにからかわれながら一緒にいる自分がよく履き替えさせたりしていました。特殊学級ではなく通常学級に通っていた事もあるのでしょう、学校ではいつもいじめられたりからかわれたりしていて、時には私が妹のクラスに仕返しに行くような事も。そんな私もだんだん成長するにつれ、いつも周りに笑われる彼女の事が恥ずかしい存在に感じられてきて、履き違えた靴をイライラしながら乱暴に直したり、いじめられていても見ないふりをするようにしたり、無邪気につないできた手を振り払ったりするように。今思えば彼女に対してというより「俺はコイツとは違うんだ!」という周りへのアピールだったのかもしれません。同時に家の中でも色んな事ができない、なんとかさせようと教えても理解ができない彼女に対して腹を立てる事も多くなり、時にはひどい言葉を投げつける事も。 そんな時の彼女はいつも悲しそうな情けなさそうな複雑な表情をしていたものです。本人にそれとはっきり聞いた事はないし、きっと自分でそうと理解をしているわけではないと思うのですが、そんな悲しかったり情けなかったりする気持ちというのは相手の私たちに対してではなく、できない自分に対して持ってしまうのだろうなと。

 

そんな表情と同時にうす笑いを浮かべる事もよくありました。それはきっとそれ以上目の前の相手を怒らせないようにしていたのでしょう。自分が何故怒られるかもよく分からないままに、どうしたら怒りを納める事ができるのかが分からないままに身につけたのでしょうか。私にとってそんな時はいつも後味悪く、思えば私自身も彼女のそんな感情を本当は分かっていたのだと思います。

 

罪深いと思うのです。元々持ち前の無邪気さで繋いできた手を振り払い続けるうちに、手を差し出す事をやめ、相手の目をうかがう事ばかりさせるようにしてしまった。何が罪深いかって、一体何が悪いのか自分でもよく分かっていない、それが分かれば納得もできるだろうけれど、それどころかなぜ怒られるのか理解さえよくできないのにただ相手が怒っているからと卑屈にふるまわせるなんて。相手のその怒りがいつも正しいとは限らないのに。

 

いつからかその罪を少しずつ返していくようにしてはいるつもりですが、まだまだ先は長いようです。彼女は別にそれを望んでいるわけではない、というかこんな事自体別に気に留めてはいないかもしれないけれど(笑)

(フリーペーパー「Swinging Vol.22」より転載) 

 

文:藤本光浩(ふじもと・みつひろ)

2011年に日本全国の障害者施設で作られる雑貨のセレクトショップ「マジェルカ」を立ち上げ、現在は東京の吉祥寺で運営し、売り手の立場から福祉事業所の現場とお客様をつなげる役割を実践。

http://www.majerca.com/

 

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【特集】精神科医×芸大教授×ドシロウト 〜「身体性」と「目に見えないモノ」〜

 

「心」ばかりを大事にしちゃって、「身体(カラダ)」をないがしろにし過ぎてるんじゃないか? 

「目に見えるモノ」ばかりを信じちゃって、「目に見えないモノ」をおろそかにし過ぎてるんじゃないか? 

「物」はたくさんあっても、どうにもこうにも息苦しいこの世の中。

「心」や「目に見えるモノ」ばかりに振り回されるのはもうイヤイヤ! 

「身体」ももっと大事にしたいの! 「目に見えないモノ」ももっと大事にしたいの!!

 

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蓑島豪智(みのしま・たけとも)

いわくら病院院長、WRAPファシリテーター。1968年生。1994年京都大学卒業、1998年京都大学大学院退学。おもしろそうだなと大卒後すぐに飛び込んだ脳科学研究の道。うまくいかず元々目指していた医者になると決め、悩んだ末選んだのが精神科。理詰めで進路を考えたけど、最後は感覚的に決めた。脳という切り口から入った臨床の世界。今はそれも大切だけど、病院への入院中心から地域生活中心に改革を遂げたイタリアに触れて人間くさいことの大切さに目を開かれ、病気があっても当たり前に地域で暮らすこと、病気があって凝縮して滲み出てくるその人らしさに心打たれながら、まだまだ入院医療の占める割合の多い日本の精神科医療のあり方を何とかしたくて精神科病院の現場にいます。

 

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水野哲雄(みずの・てつお)

京都造形芸術大学名誉教授。1948年生。1972年京都工芸繊維大学大学院修了。ヴィジュアルコミュニケーションデザインからビデオアートを展開。1978年から京都芸術短期大学ビジュアルデザインコースの教員となり、映像コース、京都造形芸術大学情報デザイン学科、2003年〜2006年芸術基礎教育センターを経て、2007年に新設されたこども芸術学科で教鞭をとる。2014年に同校を退職後、名誉教授となる。芸術基礎、ベイシックデザインを専門とし、アートやデザインが社会課題を解決することを希望に活動している。「こども」と「アート」の視点で生き方を捉え返すアートと福祉の交差点、アトリエ「み塾」、生活ゴミの資源化を基にエコライフの愉しさを実践する場、「暮らし工房」を主宰し追求中。

 

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木ノ戸昌幸(きのと・まさゆき)

NPO法人スウィング理事長。1977年生。立命館大学文学部日本文学専攻卒。NPO、演劇、祇園のスナック、遺跡発掘等々の活動・職業を経て、「毎日笑えるよ」という友人の勧めで障害のある人に関わる仕事に就く。2006年、NPO法人スウィングを設立。人の「働き」を「人や社会に働きかけること」と定義し、芸術創作活動「オレたちひょうげん族」、清掃活動「ゴミコロリ」、京都人力交通案内「アナタの行き先、教えます。」等々の活動をプロデュース、障害の有無や対価の有無をとっぱらった「NPO」(=市民団体)、「一市民」としての創造的な取り組みや発信を通して、社会をオモシロく変えてゆきたいと願ったり願わなかったり。黄色が好き。でも青も好き。ちなみにホントは赤も好き。

 

 

「縁」に導かれて♡

木ノ戸:昨年の年明けぐらいから僕自身、調子が悪いというよりも、すごく内面に深く潜りこんでいくような時期があったんです。それはまぁ、しんどかったですし病名が付くような状態だったかもしれないけど、自分としては病気ではなくって、自分にとって必要な作業をしていると感じてたんですね。で、最終的に得た答えみたいなものを「身体性」と「目に見えないモノ」っていう言葉で表現しはじめたんですよ。

水野:なるほど。分かる、分かる。

木ノ戸:「目に見えないモノ」のひとつとして「縁」というものも思ってるんですが、今回このテーマでゆこう! と決めたとたんに、ドンピシャのタイミングで水野先生の「身体性」に関するテキストが目に飛びこんできたんです。偶然と言っても必然と言ってもいいんですけど、内容にもものすごく共感しまくって、「縁」だなあと。

水野:ありがとうございます(笑)。

木ノ戸:蓑島先生からも同じようなタイミングである研修会の案内メールをいただいたんです。「うわ! 来た!」って思って。その研修会自体も素晴らしかったんですけど、もう「来た!」と思ったんですね。そんなにしょっちゅうメールを交わすほど仲良くはない。でも、お互いすごく好き合ってると僕は思ってるんですけど(笑)。で、先生はこの座談会の参加を迷われたみたいなんですけど、最終的には「何かのご縁だから」という言い方をしてくれたんです。

水野:「岩倉」[1] という地は聞きかじりですけど、非常に高貴な方がちょっとおかしくなって、で、お隠れになるというか、井戸かなんかの水を飲んで良くなったと。そういう謂れがやっぱりもともとなんですか?

蓑島:史実として、文書レベルで残っているものはあるみたいです。

木ノ戸:僕は中学校の教科書で「岩倉」を習いました。やっぱり日本の精神保健医療、発祥の地で間違いないんですかね?

蓑島:まぁ、いくつかあるんですけど、そのうちのひとつということですよね。

水野:蓑島先生は患者になったことはあるんですか?

蓑島:僕は医療機関にはかかりませんでしたけど、でも大学院生の時に一時「鬱」でした。

水野:みんなあるような気がするんですけど。僕は入院まではいかなかったんですけど、一応通院で薬を4年ほど飲まされましたね。あまり飲まなかったんですけどね、アルコールは飲んでましたけど(笑)。

全員:(笑)

 

[1]京都府京都市左京区南部に位置する地域。

 

肥大化する「視覚」

水野:「身体性」って身体をどう見るかによるよね。「心身」って言うじゃないですか、「心」と「身」。その「心身」というのを分けるんじゃなくて、どう繋がっているのか、どう関わり合っているのかというところに興味はありますね。

木ノ戸:昨年の11月に「アートミーツケア学会」[2] の札幌大会に参加させてもらったんです。そこで、ある講師のお坊さんと個人的に話す機会があったんですが、ものすごく興味深い話をささっとしてくれて。お経も元々は身体が先なんやと。身体から立ち上がったものを言葉として表したものであって、言葉が先じゃないんだという話で「あぁ、なるほどな」と思ったんですね。

水野:美術でもそう言うからね。絵を描く時にまず身体で描きやって。絵はテクニックで描けるもんじゃない。身体が何か感じたり思ったりしてるからキャンバスに投影できるんですよね。ある時、大学の山で木を一生懸命描いてる子がいて「木の根っ子のグ〜ッ! と立ち上がっている感じをどうしたら上手く描けるんですか?」って聞いてきたから「抱いてみ」って言ったの。素直な子やったから木に抱きついて、そしたら「何か分かるような気がしました、ありがとうございます」って。

木ノ戸:もっと五感ですよね。みんな同じぐらい大事なはずなのに、目からの情報にすごく今、囚われてるような気がします。情報の80%だか90%が視覚からって言いますけど、もともと目ってここまで大事だったのか? って疑問に思います。

水野:特にビジュアルの世界は道具がどんどん進化していって、どんどんメディアが発達していって、「こんなことができたらなあ」が身体を使わなくても何でもできちゃうようになった。すごく視覚が肥大化してイマジネーションの世界が簡単にリアルにできるようになって。頭でっかち、イメージでっかちになるね。そうなってくるとやっぱり身体は正直なもんで、疲れちゃうっていうかついてゆけなくなっちゃう。

木ノ戸:身体的に何も感じるものがないし、イマジネーションがイマジネーションじゃなくなりますよね。

水野:そう。何でもできちゃうと人間すぐ慣れちゃうからね。

木ノ戸:メガネを外すとぼやけますよね。視覚情報が鈍ってすごく楽なんです。スウィングの朝礼や終礼はいつも大体20人ぐらいでやってるんですけど、ある時、10人ぐらいやったんですよ。その楽さがすごかった。同じ空間にいる人数が少ないことのリラックス感をすごく感じたんです。いつもは喋らない人がすごくいい表情をして喋ったりとか。

水野:それと似たような経験、僕もあるんですよ。教師という立場にあったからやっぱり30人、50人を前に喋る。どうやったらいいんだろうと分からなくなって、そんな時にある人が「目の合う子に話しかけな」って。そうすると2人のその関係が広がるんだよね。たくさんいようが一対一の関係でいいと思えたからそれで救われた。蓑島先生はどうですか? 基本的に患者さんとは一対一という状況ですよね? 

蓑島:う〜ん。

木ノ戸:先生、言葉選ばないで下さいよ。ちゃんと原稿見せますんで。ダメなものは後でちゃんと消しますんで(笑)。先生がスウィングに来てくださった時、「やっぱり現場の人には敵わない」って言ってくださったんですね。覚えてはりますか?

蓑島:言いました?

全員:(笑)

木ノ戸:言ったやん!

水野:それはどういう意味やったんですかね?

木ノ戸:どういう意味やったんですか? 覚えてないでしょうけど。

全員:(笑)

蓑島:僕の中で「そもそも何で病気になるのか?」っていうところが引っかかっていて。最終的には病気と呼ばれるしかないものにたどり着いちゃうと思うんですけど、でもそこに至る過程は当たり前の悩みだったりとか苦しみだったりとか、そういう段階があるような気がしているんです。でも、医療という現場にたどり着かれるにあたっては、それこそ病気としか呼べないような何かを携えて来られることになるから、普通に症状が拾われて、それをもとに「病名はこうです、だから治療はこうです」みたいな流れになっていくと思うんですね。それはそれで必要だとは思うんですけど、ただそれで「病気を減らしたい」とか、「治したら終わり」とかではないような気がしていて。やっぱりその人の生活とか文脈に根差したものが、そういうやり方だと置き去りにされちゃう。そうなるとまた同じようなことが繰り返されるだろうし、そうじゃなくても、その人のことなのに何か医療の問題みたいになって、変なことが起こっているような気がしています。

木ノ戸:病気ってお医者さんが病気って言ったら病気になるじゃないですか? お医者さんが病気扱いしなければ病気じゃないんでしょうか?

蓑島:そこが本当に難しいなと思っています。やっぱり相対的なものだろうなと思っていて。ある一線越えちゃうとやっぱり病気としか言えないようなところもあるかな。

木ノ戸:でも、それを許容できる社会であれば、病気にはならないということですよね?

蓑島:そうです。最先端の薬や医療が使える国よりも素朴な国のほうが予後が良いという研究もありますね。それはそうだろうなと思います。単純に病気として切り取られて治すべき対象として扱われて「どの薬が当てはまるか」「薬がダメなら電気ショック」とか次々にいろいろな「治療法」というものが当てはめられていく世界と、「ちょっと変わってるけどそれもいいよね」と受け入れられる世界にいるというのとでは全然違いますよね。

 

[2]人間の生命やケアにおけるアートの役割を研究する場として、またアートの力を社会にいかしていくためのネットワークとして2006年に設立。

 

「心」はどこにあるのか?

木ノ戸:僕はスウィングをはじめて半年ぐらい経った時に急に発作に見舞われて、いわゆるパニック発作やったんですね。あれは発作が来るかも分からない…という予期不安、それが発作を起こすらしいんです。

水野:地震みたいなもんやな。

木ノ戸:で、恐らく5年ぐらい服薬もしたんですけど、ある時から積極的に発作を呼びこむようにしたんです。

蓑島:すごい。

木ノ戸:例えば車を運転しながら「来いっ! 来いっ!」って具体的に言ってたんですよ。歌とかも歌ったりして。

水野:どうなったん?

木ノ戸:そしたら来ないんですよ。発作を歓迎しよう! とシフトチェンジしたら起こらないんですよ、全然。

蓑島:そういうのはね、森田療法[3]の中で「恐怖突入」っていうものがあって、苦手な場面に対してどんどん身を置いていくっていう。あとは認知行動療法[4]によって苦手な場面に身をさらしながら、その状況に慣れていくみたいなところなんですけど。

水野:「プレッシャーを楽しむ」みたいなことかな。

木ノ戸:どうせ起こるものであれば、こちらから歓迎しよう! という開き直りですね(笑)。身体的に声を出して脳が生み出す不安へ反攻するという。僕はそういう経験もあって脳じゃなくって身体が先なんちゃうかなって思うんです。脳が大活躍しすぎ! って。

水野:どうですか、蓑島先生?

蓑島:今の精神医学はやっぱり心は脳の中にあるって仮説して、分かる範囲を突き詰め尽くそうとしているように見えるんですけどね。僕もそうできたらいいだろうなあと思ってたんです。もともと精神科やる前には高次脳の働きに単純に興味があって、脳科学をやってる大学院に入ってたんです。その中でいろいろなことが分かってくる状況を見ながら、そういうことの延長でいつか説明がつく時代がくるかもしれないなと思ってたんです。だけど実際に医者をはじめたら、そんな簡単なことではないなって思うようになったのは実感しますね。

水野:脳は単なるスイッチだと思うんですよ。感じた情報をフィルターにかけるわけでしょ、役に立つとか立たないとか。今、僕3歳児と付き合ってるんですけど、4月、5月は宇宙人ですよね。9月、10月になると一応人間っぽいコミュニケーションが成り立って、2月、3月になるとすっかり地球人って感じになる。植物でもそうだと思うんですよ。種飛ばして、そこに根付いて、根を張って、頭を出して。温度とか水とかそこの環境に順応して、対応できたものが育つんですけどね。子どもも同じでさ、実生の芽吹いてくる在り様が見えてくる。

蓑島:僕、悩んだりすると、とことん悩んで閉じこもって動かなくなるんですけど、悩みが底尽きると動きたくなるんですよね。若い時だったら走りはじめたりしてその中で何か言葉が戻ってくるというか。ついこないだで言うと経験したことのない物凄い痛みに襲われて本当につらくって病院に行ってみたけど何も見つからなくって。でもある時、自分が言い出した仕事がいくつかあって、それが一通り終わった瞬間にパッ! と悩まされていた痛みが消え去って「なんやストレスやったんか」みたいな。

木ノ戸:身体は先に気づいてるわけですよね。

蓑島:そうですね。

木ノ戸:その感覚が大事なんじゃないかなと思うんですけれども。でも脳が作った「気持ちらしきもの」が優先されて、痛みとか身体の声がなかなか大事にできない。

蓑島:ある方から「身体全体の細胞が喜ぶことを大切に生きていく」という話を聞いて、そうだなと思って。身体は知っているのに頭が働いていろいろ理屈つけて抑えられてしまっているんですよね。身体の細胞が喜ぶことに向かっていくとたくさん困難もあるけど、自分なりに努力してベストを尽くす。その積み重ねの中で次々に扉が開きはじめて必要な人が集まったりとかお金が集まったりして目標が形になっていく。そういうもんじゃないのかって話してくれて、本当にそうだなと思いました。

木ノ戸:いろんな邪魔なものを取っ払って本当に自分が進みたい方向に進んでいくということを重ねていけば、道は開けていくと思うんです。スウィングを作るにしても、何の裏付けもなければ計画性もほとんどなかったです(笑)。

水野:でも、それって創作のプロセスとよく似てるよ。最初から最終形態のイメージがあるわけじゃなくて、何となくぼや〜っとしたものはあるけどね。やって、いじってる過程でだんだん「これが作りたかったのか」と逆に素材などから教えられる。だから創作の過程というのは作業じゃないんですよね。設計図があってそれに従ってやるのではなく即興と一緒です。最後どうなるんだろう? こっちのほうが面白いかな? とかやりながら、設計図も書きながらみたいな。そうしていい作品ができた時は自分にすごく発見がある時。

蓑島:それって理詰めの研究でもそういうものなんだなと感じさせてもらっていて。実験する時もある程度「こんなこと試したらこんなことが起こるんじゃないか?」と想定してやるんですが、その通りのことが起こってもそれは大した研究じゃないんですよね。いい研究というのは想定したことから外れたことが出てきた時。出てきたことにちゃんと目を開いて何があるのかを見て気づけた時に大転換が起こって、これまで想定もしてなかった面白いことが出てくる。

木ノ戸:「こうなるに違いない」という確定的な仮定を持ってはじめたことって、その仮定に沿って動いていく気がするんです。実際に動いているのか、そう見えるだけなのか分からないですけど。

蓑島:何か降ってくる気がするんです。本当の意味で震えるようなことって降って来るような気がする。あまり自分の考えの範囲の中でやっていることって驚きも少ないし、喜びも少ない。思っていること、言いたいことがあるから投げかけてみるんだけど、その結果、想定外のことが起こって一時的に批判があっても、そこを乗り越えてやっていくと「化ける」というか。やっぱりそういう掛け合いの向こうに面白いことが転がっていると思う。

 

[3]精神医学者・森田正馬(もりた・まさたけ)によって創始された精神療法。対人恐怖や広場恐怖などの恐怖症、強迫神経症、不安神経症、心気症などが主たる治療の対象とされる。 [4]「認知」(現実の受け取り方やものの見方)を修正することで、気分や行動を変化させようという治療法。

 

話し言葉 vs. 書き言葉

木ノ戸:言葉が目に見えるものか、見えないものかっていうのもすごく難しい問題だと思うんです。話し言葉って耳から入ってくるけど、その点、書き言葉は目に見えて残ります。蓑島先生は患者さんと対面する時に話しながらカルテに書くわけですよね? 何か切り分けがあるんですか?

蓑島:僕は医学教育的には悪い書き方をしてると思うんですけど。聞いたまんまに書いていくんです。たぶんそれは僕の特性で、音で聴いたことを途中まで本当にできるだけそのままにカルテの中に収めていくんですね。でもそれは、その人の「声」を聴くステップのような気がしていて、聴こえてきたら突然やめてる自分がいるんです。向き合って入っていくまでの準備段階みたいな感じでいますね。

木ノ戸:カルテとして成立しないんじゃないですか? 途中までは書いてって(笑)。

蓑島:そうですね、途中からスタンスが変わっちゃってるので(笑)。ただ、そうやってその人の状況や今が語り出されて紙に紡ぎあげられていく中で、何となく「そうなのか」みたいなのが自分の中に芽生えてくると、そこでちょっとやり取りをはじめたりして。そんな感じかなと思います。

木ノ戸:話し言葉は耳から入ってくる分、自分の都合のいいように解釈したり、あるいは都合の悪いように解釈してしまう可能性がありますよね。

水野:その時にね、僕は「声」だと思うんですよ。言葉じゃなくてね。言葉というのは意味が含まれてくるでしょ。そうじゃなくて、ただ発語するというか。乳幼児の「声」はまだ言葉になってないけど、何かすごく分かる。

木ノ戸:政治家の発言が信じられないとか、そういうことですよね。

全員:(笑)

木ノ戸:いくらいいこと言っても、こいつは嘘ついてるっていうのがバレちゃう(笑)。

水野:そう、そう、そう。

木ノ戸:言葉以前に何かがあるという。

水野:思いなり、発する何かね。「聞いて!」ということなのかもしれませんけどね。

木ノ戸:書き言葉はもう揺るぎようがないじゃないですか、だって書かれてるし消えないものですから。それをどう解釈するかは、見た人がどうかってのはありますけど、話し言葉ほど自由じゃないですよね。

水野:手書きって大事ですよね。でも意外と書き文字もね、違うんですよね。字の形が委縮してるなとか、体裁ぶってるなとか、そういうこと気にせず気持ちがガーッ! と出てるなとか。

蓑島:僕、たぶん話し言葉なのか、書き言葉なのかがポイントじゃないような気がしていて。話し言葉であろうと書き言葉であろうと、行ったり来たりが必要ってことじゃないんですかね。そこがないと一方的になって、こちらの思いとかの文脈の中での理解になっちゃって。

木ノ戸:書くという行為はフィジカルな行為ですよね、そのフィジカルな行為に至るまでの間にワンクッションというか、言葉を選ぶと思うんです。ある程度整理して、どう伝えたらいいのかってことを考える。僕らのいる業界は特に…かも分からないですけど、言葉で話してるけど伝わってないことって本当に多いんですよ。伝えられる側も分かってないのに「うん、うん」って聞いちゃうんです。

水野:でもね、本当に思いがあって言わずにいられない時って、雄弁になるっていうか伝わるよ。ビヤ〜ン!って。

木ノ戸:それはもう、ちゃんと「声」になってますよね。

水野:「身体性」があるわけか。

木ノ戸:「身体性」のある言葉は人に訴える力があるし、そうじゃない言葉って響かないと思うんです。

蓑島:僕、声ちっちゃいってよく言われるんですけど、でも本当に言いたいことが溜まってきて言う時って、何か自分でも「声」が出てるなって感じるんです。

水野:僕なんか中学の頃、よくクラスで意見とか言うじゃないですか、ミーティングとか。あの時に何か「これ言わなくちゃ」って思うと、胸がドキドキして言えなくなるんですよね。手が上げられなくなるんですよ。「好きです」って言う時でも言えないでしょ、ドキドキして(笑)。

木ノ戸:その時に「好きですって言えない」って言えたらいいですよね(笑)。それが身体の「声」やと思うし。

全員:(笑)

水野:それ言えたら楽だね。そういう発想なかったな。

木ノ戸:例えば、慣用句にも身体がよく出てきますよね。「胸が痛む」とか「目から鱗」とか「肌が合う」とか。僕たちは何気なく理解して使ってるけど、こういう言葉って身体感覚を大事にしているからこそ生まれた言葉なんだと思うんです。

水野:そうですね。

木ノ戸:そして実際、「肌が合う」という身体的な快、不快を出発点にしているからこそ、言葉としての強度を持つんじゃないかと。「同じ匂いがする」とかも、ただの表現としてではなく、実際自分と同じ匂いを身体的に感じたんじゃないかと思うんです。

 

脳のアンバランスと「人」

木ノ戸:僕の中での「目に見えないモノ」の中には「自然」があります。最近やたらと「自然」に足が向きはじめたんですが、例えばさっきまでささくれ立っていた気持ちがちょっとドライブして「自然」に入っていくと、それがもう大転換したりしている。自分の脳がこしらえたものなんて大してあてにならないなあと思いますし、何かもっとこう、大きなものに生かされていることを実感します。「自然」というのは木であるとか川であるとかそれ自体は見えるけれど、そこから受け取るものは目に見えない。

水野:「現象」ですね、それはきっと。「自然」の表れというか。僕の漠然としたイメージでは自分の存在というものは意識している自我の領分とそれ以外の部分があって、その2つの潮の満ち引きのようなもの。自己を主張すればするほど自然的なものが後退していって、逆に自分を空っぽにしていくと「自然」が向こうからやってくる。キャッチボールというか、どちらかだけでは嫌なんだよね。その動き、ダイナミズムが面白いと感じる。

蓑島:さっきの脳の話でも思ったんですけど、木ノ戸さんが言っている脳って高次脳機能だと思うんですよ。ものすごく進んだところの脳の話。

木ノ戸:そうかもしれないです。

蓑島:脳って本来「本能」の部分も扱っているわけで、今はそこの中でアンバランスが起こっていて、脳の中で活躍しているところが限局しているんですね、このあたり(おでこのあたり)に。

木ノ戸:それは臨床の場で実感されますか? いわゆる精神疾患の人って増えてるんですか?

蓑島:話の最初の方に出ましたけど「岩倉」って精神医療領域のレッテルがあって、誰でもかれでも気軽に受診していただけるっていう環境にはなっていないと思います。町のクリニックとはちょっと違うんですね。でもそういう限られたフィルターを通してでも入院されてくる方は変わってきてるんですよね。前だったらはっきりと「鬱病」とか「統合失調症」というような人が多かったはずなんだけど、同じ病名が付いていてもその色合いは変わってきていると思います。そういう意味で言うと裾野は広がってきていると思います。

木ノ戸:なぜ裾野が広がってきたんでしょうか? ある人が「今の時代、精神科を受診すれば誰でも必ず病名がつく」って言ってたんですね。ちょっと「不安なんです」「悩みがあるんです」とか言えばすぐ病名がつくと。そういう「ハードルの甘さ」なのか、そもそも社会の許容値が狭まったのか、どんな感じがしていますか?

蓑島:下世話な話で申し訳ないですけど、今の病院のシステムだと病名がつかないと医療機関で料金が発生しないんです。めちゃめちゃ効率的にやると「睡眠について問題があるか?」「気分について問題があるか?」ポンポン聞いていって、それに当てはまる病名を付けられないわけではないんです。

木ノ戸:ただ問題や課題を抽出するのは楽ですよね。そういうものばかり取り出す風潮って何でしょうか?

蓑島:目の前にいるのは「人」なのにも関わらず、どこか「物」扱いというか。人と人として向き合うとなるとエネルギーもいるし、出されたものに対して反応する自分も出てくるし、その掛け合いの中でややこしいことになる場合もあるわけです。でも、そういうことの向こうに表れてくるのが「人」であるのに、「なまもの」としての扱いが削がれていって「物」みたいな扱いになってしまうというか。それで済んでいくこともあるから、そういうアプローチも否定ばかりはできないですが、いつまでも大変さが残っていく時に、最初のそういうところでの掛け違いが原因で長引いていることもあるかなと思います。

 

再び「縁」について♡

木ノ戸:蓑島先生は今回の座談会を「縁」という風に言ってくださったんですけど、何かそういうものに対するお考えってあるんですか?

蓑島:僕は繋がりを求めつつ外に出られない人間だったんです。固い話なんですが精神科で仕事をするようになって、これからどうしたらいいのかと悩んでいる時に、本当に偶然だったんですが、イタリアの精神医療を見学するツアーがあったんで参加したんです。イタリアには単科の精神病院がない[5]んです。僕は精神医療の見学だけのつもりが、たまたま案内してくれた人が人類学者で、ユダヤの収容所跡にも連れて行かれて。見学が終わった後にぼそっと「これができたことと精神病院ができたことは同じだよね」って疑問を落とされたんです。で、そうやって頭を壊されていく中で、その時に一緒に行った知らなかった人たちと、食事を囲んで美味しいワインを飲んでゲラゲラ笑いながら話をしたんです。そのうち何となく知り合えていくようになって、日本に帰ってからも「こんな面白いこと今度あるんだけど来てみない?」とか誘っていただいたりして。これまでの閉じた世界と変わっていくんですよ。多分この場に来ているのもその延長じゃないかと思うんです。怖いけど自分を出してみた時に、そこに招かれるというか、そういうのは起こるべくして起こるんだと感じます。

 

[5]1970年代に脱精神科病院を掲げて政策転換、1998年には全ての精神科病院が機能を停止し、そのマンパワーとお金を地域支援に注ぎ込み、患者さんの地域での生活を可能にした。

 

2017年5月8日(月)夜の京都にて…

(フリーペーパー「Swinging Vol.22/特集:精神科医×芸大教授×ドシロウト 〜「身体性」と「目に見えないモノ」〜」より転載)

 

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【揺れるシセツチョー】その男、沼田亮平につき

沼タンク/Q/2016

 

以前の職場で共に職場改革を目指した同士であり、またスウィング立ち上げメンバーのひとりでもある沼田亮平。けれど二〇〇六年、殆ど資金的な裏付けなくはじめたスウィングに彼を雇う余裕はなく−当時、僕の“月給”は千円を下回っていた−、沼田は時間を見つけてはスウィングに顔を出し、いつ来るとも分からないスウィングで働ける日を夢見ていたのだった。

そんな沼田がスウィングで働きはじめたのは二〇〇七年四月、スウィング設立二年目の年からである−運良く、あるいは努力の甲斐あって補助金交付が決まったのだ−。割合に早いタイミングで沼田を迎え入れることができ、「また一歩前に進んだなあ」と感慨に浸ったのは束の間、僕はひとつの事実を痛烈に突き付けられることになる。それは沼田の極端なまでの不器用さである。え? こんなにも口下手で、こんなにも仕事の要領が悪い男だったの? ほんで何でいっつもバタバタパニくってんの? 以前の職場では職場自体の環境が余りにも酷すぎて個々の力に目を向ける暇などなかったし、僕もスウィングも当然今よりずっと若く、いろいろな意味で余裕がなかったこともあるだろう。けれどひとりの力が大きく物言う小さな職場において、この不器用な四六時中パニクり男を一体どう活かしてゆけばいいのか。沼田のことばかり考え、眠れぬ夜を何度過ごしたことだろう。口を開けば沼田の愚痴しか出ない酒を何度飲んだことだろう。もちろん当の沼田本人も(眠れなかったことはないらしいが)深く悩んだ。出来ない自分に真摯に向き合い苛立ち、笑いの絶えない日々の中にあっても、基本的には拭いきれない不全感を身にまとい続ける苦しい日々を送った(はずだ)。

その一方で沼田はスウィングの誰からも愛された。笑顔のQ氏に常にボコボコにされていたり、誰しもが持つやり場のない感情をぶつけられる「壁」(悪く言えば「的」)になったり、不必要に慌てふためく様子をたくさんの笑顔で見つめられたり(はっきり言えば笑われていたり)、沼田本人にとっては少々分かりにくいものだったかもしれないが、とにかく皆に愛され続けてきたことは疑いようがない。しかしながら愛されるだけでは仕事も組織も上手く回らない。僕は注意深く沼田を見つめながら、時間をかけてスウィングの仕事と沼田の仕事が重なる部分を探し続けた。スウィングには子どもと関わる場面が多いが、そういう時の沼田はいつも本当に楽しそうな表情を浮かべている。毎年、秋に必ず見せるジェスチャーゲーム(わく星学校運動会、お決まりのプログラム)での演技力には光るものがある。あるいは時と場合を問わず、追いこまれた時に見せる瞬発力にはたくさんの人を笑わせる力がある。そうして少しずつ、ワークショップやゴミブルーや寸劇等、子どもを楽しませる仕事を担当してゆくようになった沼田は、その本領を眩いばかりに発揮しはじめ、文字通りスウィングになくてはならない存在となったのである。…にも関わらず、当の沼田は相も変わらず眉間に皺寄せ、難しい顔をし続けているではないか。一体どうして?

そう、沼田は自分の出来ることには目を向けず、出来ないことが出来るようになることをいつまでも追い求めているのだ。確かに出来ないことを出来るようになりたいという気持ちや心意気は大切だと思うが、そもそもこの社会に蔓延し、恐らく多くの人を苦しめている出来ることは=良いこと(素晴らしいこと)、出来ないこと=悪いこと(ダメなこと)といった価値観って一体何なのだろう。ホント何これ? 教育? マジで意味分かんない。出来ることはただ出来るだけ、出来ないことはただ出来ないだけ、良い悪いでもないし、それ以上でも以下でもない、これじゃいけないんだろうか?

 

ええ加減「“まともに”出来るようになりたい」を捨てて、自分自身の“らしさ”に賭ける勇気を持て。

 

これはつい最近、僕が沼田に投げかけた言葉だ。出来ないことはもうさっさと諦めて、自分が出来ることを精一杯やり続けて欲しい。そしてこの諦めこそが、出来ないことが出来るようになることの出発点にもなり得るのだから。ああ、こうは言っても眉間に皺寄せ頭を抱え、悩み続けるあの姿がありありと目に浮かぶ。少し気の毒な気もするが、この泥沼のような生真面目さこそが、他ならぬ沼田“らしさ”なのだろう。

(フリーペーパー「Swinging Vol.21 総力特集:永遠のリストラ候補 沼田亮平 」より転載) 

 

文:木ノ戸昌幸(きのと・まさゆき)

NPO法人スウィング理事長。立命館大学文学部日本文学専攻卒。NPO、演劇、遺跡発掘等々の活動・職業を経て、「毎日笑えるよ」という友人の勧めで障害のある人に関わる仕事に就く。2006年にNPO法人スウィングを立ち上げ、「障害福祉」の枠を超えた創造的な取り組みを通して、社会を変えてゆきたいと願ったり願わなかったり。

 

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【クソ真面目エッセイ-12】不器用+勢い=沼田亮平

 

沼田亮平:1979年5月6日生まれ。B型、おうし座、左利き。生まれた時に看護士さんが受け取り損ね分娩台から落ちたため、しばらく高熱が続く。その影響で現在も腎臓が普通の人の半分くらいしか働いていない(今なら裁判でたくさん慰謝料をもらえていたに違いない…)。現在37歳なので、腎臓の年齢は74歳。

 

スウィングに勤めて早10年。今号の「Swinging」は「総力特集・沼田亮平」。自分ではなんのことやら…という感じであるが、とにかく総力特集である。普段口下手な分、今回はこの場を借りて出来る限り自分のことをさらけ出そうと思う。

 

先日、特集ページのために『ひとりの「ただの男」を掘り下げるということ』と題した3時間に及ぶ座談会を開催していただいた。結果どうであったか? 自分でテープ起こしをして感じたことは「コイツ(=自分)全然しゃべらんなあ…」である。いったい何をそんなに躊躇しているのか? というくらいにしゃべらない。発行部数7,000部にビビッているのか? いや違う。常に「正しい答え」を答えようとばかりしているのだ。もちろん僕が「正しい答え」を持っているわけでもないし、そもそも「正しい答え」なんて存在しない。強いて言うならば、自分への質問なのだから自分の返す言葉が正解なのだが、何かがブレーキを踏んでしゃべらせない。僕の言葉を皆が待ってくれているのに。

 

その原因を突き詰めてゆくと中学2年生の頃まで遡る。僕は当時、クラスでも明るい方だったと思う。授業中に冗談を言って笑わせることもよくあった。だが、ある日授業中に冗談を言ったクラスメイトの男の子が「おもしろくない」とクラス中からボロカスに言われ、泣いてしまった。その光景を見た日を境に、急にしゃべれなくなってしまった。恐らくこれが「他人の評価を気にする」ようになった初日である。

 

その日から“そこだけ”を見て生きる人生がはじまった。しかし、それだけにとどまらず、他人からの評価を怖れるあまり、「評価されないようにしよう」と心がけはじめた。なるべく意見を言わず、表に出ず、自分が傷つかないために息を潜めていようとした。ただ、幸か不幸か逃げることも上手く出来なかった僕は、今度はただひたすら「上手くやろう」とばかり考えるようになった。「そこがアナタの魅力ではないよ」と誰しもが気づいていたのだろうが、自分だけは気がつかず、「なんとかせねば」とひたすら自分を変えようとした。もちろん上手く出来ずに見当違いの失敗ばかりする。知らなかったのか、それとも知らないふりをしていたのか、自分が「不器用」であることを「ちゃんとせねばならない」という思いで覆い隠し、出来ない自分を否定する自己嫌悪の日々を、二十数年間に渡って送り続けた。

 

自分が目を背け、否定し続けた「不器用」こそが強みであり、沼田らしさであると言われ続けて10年目。まだまだ過去の呪縛を完全に解くことは出来ていない。しかし、スウィングで寸劇やワークショップを担当させてもらい、「人前に立つ」という自分が最も恐れていた場面を繰り返し経験してゆくことで、思いもしなかった「自分らしさ」の端っこを掴むことは出来たように思う。ガチガチに緊張し、読み込んだ台本のセリフをすっ飛ばしながらも、「勢い」だけを頼りに乗り切ってきた。それでもまだ過去の自分は「上手くやれ、上手くやれ」と耳元でささやいてくる。それこそが否定すべき自分であり、さんざん失敗してきた原因でもあるのに。

 

二十数年間の呪縛から解放される日はまだ先だと思うが、ようやくスタートラインに立つことは出来た。「器用に生きたい」「上手くやらねばならない」という自分自身にかけ続けた呪縛を解く場所がここにあること、またそんな呪縛に苦しみ悩む自分を諦めずに見守り続けてくれる人たちがいることを今一度心に刻みつつ、自分らしく、「不器用」に生きる道を進み続けたいと思う。

(フリーペーパー「Swinging Vol.21 総力特集:永遠のリストラ候補 沼田亮平 」より転載) 

 

文:沼田亮平(ぬまた・りょうへい)

1979年5月6日生まれ。大学時代はボランティアサークルに所属。地域の児童館をまわり、人形劇や工作のワークショップを行う。卒業から十数年の時を経てこれらの経験が活きることになるとは、当時の沼田は夢にも思っていない。

 

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