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さらば友よ

 

6月2日。

インスタライブなるものに初挑戦し、(勝手がまったく掴めぬままに)井敦子さんと生きるとか死ぬとかの話をした。

人間はいつ死ぬか分からない、延命志向が強すぎて死が遠ざかり、かえって生の実感が乏しくなってるとか、そんな雑談。

 

その数時間後。

同じ日の早朝、大学時代からの親友が急死したことを知った。


 5月29日の夜、思い立って作ったLINEグループ(僕たちは立命館大学で出会ったので「リッツ・カールトンズ」と名付けた)では彼が一番早くに反応し、グループ内のやり取りは23時頃まで続いた。

 

詳しいことは書けないが、彼の最後の言葉は「おぉ、最高やね☆」。

でもそのおよそ3日後、彼は突然帰らぬ人となった。

 

その死を知ってから、まだ事態が飲み込めていない。

震える手で各地で暮らす友人たちと連絡を交わし合い、呆然とする間に現実は流れてゆき、仕事をし、話をし、歯医者にも行き、花に水もやっている。日々は「それはそれ」とでも言うように、ただ刻々と流れてゆく。


でも頭の片隅にはいつも彼がいて、ふいに涙が溢れ、でも泣ききれず、彼がいなくなったということが上手く理解できない。

 

僕が「リッツ・カールトンズ」を作ったのは旧友たちに「バイクでまたツーリングに行こう!」と、けしかけるためだった。

「人生は儚い。ないなら買え!」と。

 

ツーリング、何度やっても楽しかった。

昔を懐かしんでのツーリング。きっとよくある話だろう。

でもその夢が実現したとしても、もうそこに彼はいないのだ。

 

彼は僕の十代からの苦しみを、両親の次に、最初に打ち明けた友人だった(『まともがゆれる』にも書こうとしたが、文字数の都合上掲載できなかった)。

なぜ彼だったのか。これまで考えたこともなかったが、彼がとてつもなく優しい人だったことに、受け止めてくれるに違いない人だったことに、今更ながらに気づく。

 

彼がいたからこそ、今の僕がある。

すべての出会いにはきっと、そういう意味がある。

でも彼の場合は少々特別だから、やはりその死は、とても重い。

 

スウィングでもポツポツと彼の死について話している。

友人の死。生きていれば避けようもなく誰にでも起こる事だ。

一緒に悲しんでくれとは言えないし、第一僕自身、まだその実感がない。

 

2、3日前には沼田君に話した。

持病のある彼はコロナを恐れ、ときどき「第二波で死ぬと思ってます」と言っている。

だから今のうちに好きなことをしておきたい、と。

 

「第二波で」がどうかは分からないけどホントにそうやで、沼田君。

死は突然だ。本当に、突然。今を生きるしかないね。

「たぶん一度も接点ないと思うんだけど」と前置きしつつ、ふと亡き友の名前を伝えてみる。

 

沼田君は絶句した。何の接点もないはずが知っていたのだ。

友人がスウィングの古くからの賛助会員であることを覚えていたのだという。

勝手な感傷かもしれないが、「ありがとう」と思った。

 

そうか。彼はスウィングのことも、ずっと応援し続けてくれていたのか。

次の『Swinging』はもう見てもらえないのか。

それは本当のことなのだろうか。

 

早い、多い、大きい。

スピードやスケールが重視される社会の中で僕たちが失ったもののひとつが、「悼むこと」だと考えている。

 

なんと言うか、悼む暇(いとま)や余裕がない。

死さえも(言い換えれば生さえも)消費させられているという感覚。

 

死は決して特別なものではないが、静かに向き合い、時間をかけて受け入れるものだ。

でも猛スピードで駆けてゆく時間が、過剰な何かが、大切な感覚を鈍麻させてゆく。

そんな気がしている。

 

コロナで得たもの……とかあまり言いたくはないが、葬儀に参列することも難しい今、僕たちはそれぞれのやり方で、ゆっくりと友の死を受け入れ、受け入れ続けようとしている。こうして文章を書くのも、僕なりの方法、過程なのだと思う。

 

あの日以来、「リッツ・カールトンズ」は古くからの仲間たちが細々と言葉を交わし合い、悲しみを分かち合ったり、昔話を笑い合う場となっている。


今日、彼の肉体は焼かれ天に上ったが、彼という存在は僕たちの中で、あの笑顔のままに生き続ける。

 

木ノ戸

| ひとりごと | 22:00 | comments(0) | -
ずっとずっと言いたかったこと

 

むずかしいよね 

むずかしい? コロナ?

 

いや そうじゃなくって服装が 

どういうこと?

 

暑いと思ったら 肌寒い日もあったり 

気候がコロコロかわるからさ 1日のうちでも

うん むずかしいね 服装

 

やっぱり はおりたいよね

はおりたい?

 

はおりたいっていうか やっぱりはおるものは必須だよね

そうだね 暑ければ ぬげばいいし 寒ければ はおればいいし

 

でも 「はおる」ってすごいよね 字が

どういうこと?

 

「羽織る」だよ? 陣羽織だよ?

たしかに口にする感じとくらべたら だいぶいかついね

 

陣羽織っていったら 戦だよ? こわいよ

陣羽織かどうかは わからないけど

 

戦にはいきたくないよ 戦争よりも痛そう

でも 今は戦みたいなもんだね コロナとの

 

うまいね うまいけど やっぱり軽いもののほうがいいよね

どういうこと?

 

はおるにしても やっぱりささっと さ

そうだね カーディガンとかね

 

あのさ 言っていい? 怒らないって約束してくれる?

いいよ 約束する でももう 戦の話はしないでね

 

しないよ じゃ 思い切って言うね 

 

「カーデ」

 

ん?

 

「カーデ」

 

それが言いたかったこと?

 

うん カーデって言いたかった ずっとずっと言いたかった

「冷房きついな〜 カーデはおろ」って ずっとずっと言いたかった

だって なんかカワイイから キャミとはるくらい カワイイから

言えてよかったね がんばったね 

 

うん これからも カーデって言っていい?

いいよ だからもう 泣かないで

 

キャミも?

キャミは ダメ

 

え?

うそ いいよ

 

ありがとう 

うん

 

木ノ戸

 

★お願い/視察・見学について★

・スウィングの見学日は毎月第3水曜日と第4金曜日となります。 

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2019.03.04 Monday

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NPO法人スウィング

木ノ戸昌幸

| ひとりごと | 15:13 | comments(2) | -
いちいち立ち止まって想像力を働かせるクセ

 

『くらやみに、馬といる』(著・河田桟/カディブックス/2019)という本を借りて少しずつじっくりと読み進め、長い時間をかけて読了した。

 

必要なことしか書かれていない、詩のようで、でもそうではなく、筆者の心と体から、一滴一滴、静かにしたたり落ちたような言葉たち。

 

こんな文章を書くというのは、どういう感覚なのだろう? 心地よいことなのだろうか? それともつらいことなのだろうか?

 

思いを巡らせながら、またゆっくりと二度目を読みはじめている。子どもの頃はどんな本も必ずニ度繰り返し読んだ。でも今は、本当に響いた本だけ繰り返す。

 

人生は有限だ。だからもう新しいのは読まなくてもいいんじゃないかと思うことも時々あるが、こうした出会いがあるからやっぱり読書はやめられない。

 

 

ところで筆者の河田桟さんには聴覚のいびつさがあり、「ヒトの世界では『聞くこと』に困難を感じる場面がある」という。いびつさのひとつは感覚過敏らしく、その短い描写がまるで自分のことのように感じ、何かを許されたような気がして少し泣いた。

 

僕は主に聴覚と視覚が過敏だ。

 

半年ほど前から、スウィングに自分だけの仕事スペースを持った。贅沢なことだ。でも僕はそんなひとりの空間でさえイヤフォンを付け、周囲の音を遮断し、耳障りの良い音楽を聴き続けている。

 

 

そうしないとたくさんの音が入ってきてしまって集中できず、つらい。

 

賑やかな場所、たとえば人でいっぱいの居酒屋などもあまり得意ではなく、昔は「じっくりと話がしたいタイプだから」なんてカッコをつけていたが本当は違う。

 

大勢の話し声があると単純に、真向かいや隣の人の声でさえ何を話しているのか、ほとんど分からなくなってしまうことがある。

 

 

目からの刺激はとにかく眩しさを感じやすく、2006年にパニック障害を発症した後は過敏さのレベルが一段と上がってしまった。気が狂ってしまうんじゃないかという時期もあったし、気を失いそうな感覚に襲われることは今でもたまにある。

 

つらいんだからいつも色眼鏡をかけていようと開き直れたのは、まだ3、4年前のことだと思う。

 

ちなみにカラーレンズは色によって見え方の特色があり、これは経験してみないことには分からないと思うが、総じて言えるのはとにかく「楽」だということ!

 

僕が愛用するブルーのレンズは色のトーンを抑えてくれると同時に、夜間の車の運転にも適していると言われるほどに、実はよく見える。

 

だからカラーレンズはもっともっと広まっていいと思うのだが、「ガラが悪い」とか「大人げない」といった、いつの間にか刷り込まれたあまり良くないイメージがきっと邪魔をしているのだろう。

 

 

実際、リアル色眼鏡をかけていると、バーチャル色眼鏡で見られることが多い気がする。

 

「怖い」と言われることもしばしばで、まあ仕方がないなと諦めてもいるのだが、でもやっぱり毎度少し傷ついてしまうし、そんな外見なんて気にも留めないという人にはやはり安心する。

 

人、それぞれの感じ方、あるいは外見。

同じではなくって、むしろ違って当たり前の。

 

物事の上っ面だけを見て条件反射的にジャッジしてしまいがちな僕たちが、この当たり前を本当の当たり前にするには、「いちいち立ち止まって想像力を働かせるクセ」を、辛抱強く身につけるしかないのだと思う。

 

木ノ戸

 

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木ノ戸昌幸

| ひとりごと | 19:28 | comments(0) | -
レコーディング四十肩

 

四十肩。

 

あまりにもポップな響きだ。

ぜんぜん大したことなさそうだ。

もちろん個人差、程度の差はあるようだが、僕の場合はかなりひどかったようだ。

 

痛みの記録をすることで治りが早くなるんじゃないか。

この状態を何とか楽しむ方法はないか。

 

こう思いついたのは発症から1週間ほど経った頃だ。

 

痛みを忘れないために。

すべての四十肩予備軍のために。

 

 

2020年2月3日/1日目

朝起きると左肩後ろ、肩甲骨辺りに違和感。「寝違えたかな?」と特に気にしないまま1日を過ごす。時間と共に違和感は強くなってゆくが「寝違え」の認識は変わらない。夜のストレッチ(約30分)もいつも通りに行う。肩グルグルも。 

 

2020年2月4日/2日目 

違和感、さらに増す。企画したスウィングの展覧会最終日だったが「ああ、搬出担当じゃなくてよかった」と思う……くらいの違和感。痛みではない。タイミング良く鍼治療の日(首が悪く通っている)。施術後は違和感もマシになり、夜のストレッチもいつも通り。 

 

2020年2月5日/3日目 

朝、違和感復活。しかしあまり気にすることなく1日を過ごす。仕事にも支障なし。夜はドライブに出かける。両手で運転できている。 

 

2020年2月6日/4日目

違和感、増す。範囲も広がり、どこに違和感があるかも分かりにくくなる。「やったらあかんやつかも……」と夜のストレッチは中止。就寝時、左肩のポジションを工夫しないと少し痛む。 

 

2020年2月7日/5日目

違和感から痛みに変わる。特に左肩前部。が、日常生活にも支障はなく「放っておけば治る」と思えるレベル。「肩が痛い」と口に出して周囲に言いはじめる。就寝時に痛み、左向きは無理。右を向くか上を向くか。上を向いても枕で少し底上げしないと痛む。 

 

 

2020年2月8日/6日目

状態、特に変わらず。Q、XLと共に神戸大学で講演。京都駅で電車を待っている際、10年以上前に「乗車時に扉に挟まれたこと」を思い出す。痛みはこの時の後遺症なんじゃないかと冗談めかしてFacebookに投稿する。仕事にも移動にも特に差し障りはなし。 

 

2020年2月9日/7日目

痛みが増す。上着の着脱時に特に痛む。リュックを背負うのにも工夫が必要。洗顔も皿洗いもつらい。就寝時にどう工夫しても痛みがおさまらない。眠りにくい。「四十肩」を自覚し、ネットで調べはじめる。「夜間痛」がはじまったようだ。就寝後も痛みで時々目が覚める。15年も和太鼓をしてきたのに……毎晩ストレッチしてるのに……と受け入れがたい。痛みを上回る楽しみが欲しい。楽しめるか分からないが、「レコーディングダイエット」に倣って記録することを思いつく。 

 

2020年2月10日/8日目

痛い。左肩前部、押しても痛む。痛みで左腕が緊張し可動域が狭まっている。終日打ち合わせ連発の日。客人に「四十肩みたいなんです」と笑って言う。相手も笑う。まだ笑える。夜はある懇親会に。酔うと痛みを忘れられるが、就寝後は何度も目が覚める。 

 

2020年2月11日/9日目

痛い。痛みで気が滅入り、外出する気になれない。けれど家でもくつろげない。掃除や洗濯、家事全般ができない。痛みを忘れようと家で映画を2本(『第9地区』と『SAYAMA』)観る。同じく痛みを忘れるため、普段は滅多に食べないスナック菓子を買いこみ食べまくる。結果、夜に吐く。 

 

2020年2月12日/10日目

鳥取出張1日目。とにかく痛い。出張の準備も委ねられそうなものはスタッフに任せる。バス移動での荷物の上げ下ろし、運賃の小銭を出すのすらしんどい。はじめてICOCAの導入を考える。左腕の可動域は肘が90度曲がる程度。ブランブラン揺れると痛いので、90度で固定したまま。しかし電車内でのタイピングはできた! 痛みもなし。鳥取は雨。打ち合わせにて「着脱がしんどいなら、腕を通さなければいいのではないか」とアドバイスを受ける。そのとおりだな、と思う。夜は「身体」をテーマにしたトーク。カッコがつかないが四十肩を告白したらウケた。酒を飲んだが眠りが浅い。浅すぎて夢か現か……のような状況。遂に「痛くて起きる夢」を見た後に痛くて起きる。 

 

2020年2月13日/11日目

鳥取から無事京都に着。早速、セーターを通さない作戦を実施。痛みは相変わらず強い。生活動作全てに支障が出る。とにかく痛く、昼寝もできない。 

 

2020年2月14日/12日目

前の晩はほぼ眠れず。セーターにも腕が通せない。奇跡的に信頼する整体に行く予定を入れており、腰の悪いスタッフと向かう。先生に「信じられない」と言うと、「なったもんはしゃあない」と一蹴される。高校生の頃からお世話になっていた先生のお父さんが昨年末に亡くなったことを知りショック。施術によって筋肉の緊張が解け、随分と楽になる。また痛みの原因等が分かり少し気も楽になる。患部はピンポイントで左肩前部の「腱」。触ると悲鳴が出るくらいの猛烈な痛み。心臓の鼓動でも痛む(拍動痛)。筋肉が固まると治りが悪くなる。けれど、激痛なので動かせない。矛盾。(炎症を起こしている)患部を冷やすために冷湿布を出してもらう。炎症は「温める」ではなく「冷やす」。先生に「痛み止めを飲むほうが手っ取り早い」と言われ、帰りの道中、すぐに薬局にて痛み止めを購入、服用(イブプロフェン含有のもの)。夜は2/29トークイベントの打ち合わせ。「お酒、大丈夫ですか?」「酒で早く痛みをなくしたい」皆にちょっと困ったような表情をされる。冷湿布をして寝る。 

 

2020年2月15日/13日目

前夜もほとんど眠れなかったが、セーターに腕を通せるくらいに痛みが軽減している。鍼へ。がちがちの左上半身を緩めてもらい、「健部誘導法」で患部周辺の健康な部分に痛みを散らす(?)。一瞬「治ったのかな?」と思うくらいに効果を実感。痛みは減ったが左肩に「異物感」がある。痛みが異物感へと変わった? その後、息子とXLとグラウンドゴルフへ。右腕1本でトライ。案外できる。おばさん達に「両手で(打って)!」とアドバイスされるが「四十肩なんです!」と返すと納得される。とにかく眠いが夜は友人たちと飲み会。ある友人も四十肩とのこと。肩が上がらないらしいが深刻じゃないので治療はしていないと言う。即、治療をすすめる。 

 

 

2020年2月16日/14日目

悪夢を見ながら目覚めるが眠れた。夢の中でイチローが高齢者のヘルパーをしていて、なおかつ草野球でとてつもない打球をフェンスに突き刺していた。肩の具合はもう1段階良くなっている。肘を曲げ伸ばす運動に痛みなし。肩も少し回せる。腕は前に90度くらい上がるが、横へは30度くらいでつっかえる感じがして、それ以上は上がらない。患部の腱を中心にゴツゴツした異物がある感じ。痛くはない。 車バック時、左から後ろを振り返られる! 20時半〜就寝。 

 

2020年2月17日/15日目 

11時間寝れた。目覚めてすぐ「昨日より良くなっている! 治ったかも!」と一瞬思うほどに回復しているが、たぶん風邪のときと同じ。起きたときだけの勘違い。左腕、前には110度くらい上がる。横は30度くらいでつっぱりを感じる、変化なし。患部を押しても痛みはない。異物感あり、変化なし。日常の動作はほとんど無意識に、できる範囲でやれている。今、「それほどひどくない場合の四十肩」のマックスくらいと推定する。風呂にもゆっくり入れるようになった。 

 

2020年2月18日/16日目 

目覚めて、また良くなっている感じ。ごつごつとした異物感は消えないが痛みはない。恐々ではあるが、車のサイドブレーキも引ける。運転時も自然と左腕が動く。上着やズボンの左ポケットが使える! これがずっと難しかったのだ。入れるときにも取り出すときにも痛くって。 

 

2020年2月19日/17日目

左腕、前に135度ほど上がる。「ハイル! ヒットラー!」のポーズができる。横は45度程度。肩を上げすぎない限りは日常動作にも全く支障なし。服の着脱のみ未だにちょっと苦心する。ごつごつした異物感はなくならないが「これがなくなったときが完治のときではないか?」という思いがよぎる。 

 

 

2020年2月20日/18日目 

朝起きてすぐにする動作。たとえば目覚ましを止めるとか布団をめくるとかを、無意識に左腕でやるようになったため、少しばかりイテテテとなる。でも、痛みへの恐怖心が薄れているからできること。確実に回復している。車のサイドブレーキを力強く上げても痛みはない。服の着脱はまだ恐る恐るだが痛みはほとんどない。鍼。受付の方、そして先生が心配して待ってくれていたのが嬉しかった。施術後、腕が重だるくて逆に動かない。動かせない。でも嫌な感じではない。だんだん感覚が戻り、およそ2時間後に腕を上げるとほぼ真っすぐに上がる! 横も90度くらい上がる! 異物感はまだあるが、生活にはもう何も支障なし。ここから油断しないことが肝心。夜、風呂上がりに腕回し以外のストレッチを再開する。思ったほど体が固まっていなくてよかった。 

 

2020年2月21日/19日目

上着を着るとき、四十肩以前の方法、【右腕を先に通す】を無意識にしようとしていることに気づく。後から通す腕の動きが複雑で痛かったのだが、ゆっくりだと痛くない。昨日の鍼、ストレッチの影響か疲労感があり、昨日ほどのスムーズさはない。ちょっと腕が重い。特に横から腕を上げようとすると、痛みはないが重い。両手を使って帽子がかぶれる。ジャージの左ポケットに入れたウォークマンのイヤホンを左手を使って耳にさせる。できることが増えてゆく喜び。沖縄へ向かう。今日から3日間の出張。 

 

 

2020年2月22日/20日目 

沖縄2日目。那覇市内にて午前中はゴミコロリ。ゴミブルーのスーツは普通の服よりも着やすいことに気づく。ゴミ拾いもまあまあ普通にできる。午後からは講演。支障なし。日常的な痛みが去って左腕を普通に使いはじめたので、うっかり動かしすぎたときに痛む。でも、もうほとんどの時間、気にしなくなっている。異物感ではなく、違和感という感じ。 

 

2020年2月23日/21日目 

沖縄3日目。朝起きて、左手も使って洗顔していることに気づく。痛みはほぼナシ。が、普通に動かしすぎているせいか、軽い痛みを常時感じる。油断しているのか、このままいっていいのか、分からない。夜、帰京。 

 

2020年2月24日/22日目 

仕事中にパソコンに疲れ、腕をグルグルと回していることに気づく。が、痛みナシ。不安は残っているが、遂にグルグルができた。常時のゆるい痛みはアリ。これは何だ? 治ってゆく過程のやつなのか? それとも何かを間違っているのか? 前者と思いたい。記録にもだいぶ飽きてきた。 

 

 

2020年2月25日/23日目

毎月恒例、京都人力交通案内「アナタの行き先、教えます。」。Qさんが朝から行方不明で超心配したけど(このレポートはまた後日!)、左手も使って普通に両手で運転ができるよ! 

 

2020年2月26日/24日目 

腕をグルグル回すことができるが、肩全部が突っ張る感じ(違和感)が残っている。「このツッパリがなくなったときが完治のとき!」と、また勝手に悟る。が、関係ないが左上の歯が痛みはじめる……。 

 

2020年2月27日/25日目

親切な歯医者さんに緊急的に診てもらう。左上、抜歯したまま放っておいた部分が痛い。モノを食べても痛い。が、診察後、【実は左下が痛いこと】にふいに気づく。左上は全然痛くない。思い込みって怖い。が、手遅れ。痛み止めをもらう。 

 

2020年2月28日/26日目

鍼。さらに良好に。違和感もほぼなくなる。痛まない範囲の(腕の)ストレッチにOKが出る! 後は焦らず、慎重に! 

 

 

ここで記録を終わる。後は少しずつ、元の状態に戻ってゆく、そんな気がするし、さして記録することもなくなってしまった。こうして書くことに何か効果があったのか、分からない。が、幸いにして激痛の記憶がもう過去のものになっていることを思うと、書いておいて良かったのだろう。

 

約ひと月。感覚としてはあっと言う間だった。

仕事が忙しくて逆に良かったが、無理がたたってこうなったのかも、とも思う。

 

この間、四十肩と思しき人に数人出会った。でも恐らくここまでのことになっていないので(肩が上がらない程度)、皆さん何も対処をしていなかった。でも、なんらか対処をしないと「肩が上がらない程度」は、ますますひどくなると思う。発症3ヶ月の間に治療をはじめないと長期化するとも聞いた。真偽は分からないけど。

 

期間中、車の運転は支障なくできた。あまり大きな声では言えないが、ずっと片手(右手1本)で運転していたのだ(今はもう両手です)。実は常日頃から「片手で運転する」トレーニングを意味なく、でも完全に「トレーニング」と意識して長年続けており、ほめられたものではないが、こんな形で実を結ぶとは思ってもみなかった。まさか「※ 日頃から特別なトレーニングを積んでいます。絶対に真似をしないでください」の人に自分がなるとは。

 

この記録が、いつか、なんらか、「四十肩予備軍」の皆さんのお役に立ちますように。

僕は一足先に「五十肩」へと向かいます。

 

木ノ戸

| ひとりごと | 23:52 | comments(0) | -
37、8歳の君へ

 

知ってる。

 

「四十を過ぎるとガクッと来るよ」とか、諸先輩方にときどき言われてるよね。でも君は「そうなんすか?」とか半信半疑に返して、まるで自分のことだとは思っていない。無理もない。いろいろガタがきてると感じてもいるけど、まだまだ仕事は夜遅くまでできるし、和太鼓ははじめてもう12、3年になる。毎晩のストレッチもほぼ欠かすことなく続けていて、体はむしろどんどん柔らかくなっているはずだ。だから、そこからいきなり「ガクッと来る」とは、想像できないほうが自然というものだ。

 

しかし、だ。

今のこの状況を、君にはぜひ知っておいてほしいと思う。

 

 

フリーペーパー『Swinging』は先日、第27号を無事に発行した。念願の「事務員越え」が遂に世に出たんだ。君の斜め後ろにいるゆみさんはさぞビックリするだろうね。でも、物事には順序というものがあるから、ゆみさんも納得して作ったものだから安心してくれ。沼田君は相当強引に「次号は事務員特集に決まりました!」みたいな感じで迫ったみたいだけど。でも信じられないだろうがスウィングは今、事務員3人体制なんだ。事務員ズ、または美美美ーズっていいます。ちなみに「美美美ーズ」はまったく浸透してないです。3人とも名前の最後が「美」だからなんだけど。

 

ところでフリーペーパー制作について「入稿前は午前3時、4時は当たり前!」みたいなことを、ブログだかFacebookだかで君が勢い込んで言っているのを発見して、「ああ、なんてカッコ悪い……」と恥じたのは、つい数日前のことだ。 まあ、でも、まったくもって感心できないことだけど、実際、踏ん張りどころがあるのは確かで、それはやっぱり今回も例外ではなかった。

 

1月の中頃だったか「今日は終わるまで帰らん!」と心に決めたあの日、ようやくひとつのコーナーに区切りをつけられたのが午前0時頃。「さあ、ここからまだまだ」と気合いを入れ直してパソコンのモニターに目をやったら……目が霞んでボンヤリして全然見えないんだよ??? 

 

信じられる??? 

頑張りたくても頑張りようがないんだよ??? 

 

動揺しながら床に寝っ転がって、15分程度目を休めたらなんとか回復して、そこからまた作業再開できたんだけど、「ガクッと来る」を明らかに感じた瞬間だった。これが何を意味するのか分かるよね? 

 

そう。「老眼の目覚め」さ。

 

 

ちょうど1年前になる。あの大塚さんが、君が所属する和太鼓チーム「婆沙羅」の代表が「五十肩」になったんだ。もちろん聞いたことはあったけど、和太鼓奏者がそうなるとは考えもしなかった。とにかく痛そうだったし、不思議なこともあるもんだと、まったくの他人事だった。いや、正直に言うとちょっと笑ってしまった。「何十年も和太鼓やってるんですよ?」って。

 

きっかけは特になかったよ。10日ほど前、朝目覚めたら左肩にちょっとした違和感があった。「寝違えたかな?」ぐらいに思って放っておいたんだけど一向に良くならない。それどころか痛みはどんどん増していって、今、「1日のうちによく口にする言葉ナンバー1」は断トツで「痛い」だ。あちゃみちゃんが「痛い、痛い」言うのを君はよく鬱陶しがってるよね。でもね、あれはね、確かにうるさいけど、痛いときは「痛い」ってやっぱ思わず声に出るもんだよ……。

 

日常生活にも支障がある……っていうか支障しかない。左腕の可動域はどんどん狭くなって肘が直角に曲がるくらいが今の限界だ。服の着脱も、リュックを背負うのも一苦労だし、洗顔も皿洗いも満足にできない。昨日は鳥取に呼んでもらって(なんとか辿り着いて)、「身体」を起点に話をしたんだけど、「身体」言うてるやつがこの有様じゃあね……。でも、みんな笑ってくれてよかったよ……。

 

4、5日前からは痛みで時々夜中に起きるようになった。今朝の4時頃だったか、遂に「痛くて起きる夢」を見た後に痛くて起きたよ。もう意味が分からない。 

 

でもいいこともあって、いろんな人が、いろんなアドバイスをくれてる。肩が温まっているときは確かにちょっと調子がいいし、明日には整体に行く(君がもうすぐ行くことになるあそこだ)。

 

そして最高のアドバイスは、いちばん四苦八苦している服の着脱について。「痛いんなら、そもそも左腕を通さなければいいんじゃないか」と、鳥取の友人が言ってくれたんだ。なるほど! と思ったね。何より楽だし、周囲にもこの痛みを分かりやすく伝えることができる。上着もセーターも左はぶらんぶらんだ。心配顔のどなたかに「骨折ですか?」って聞かれて「いえ、四十肩です」って答えるのが楽しみだ。あ、もう分かったね、これが一体なんの話か。

 

そう。「四十肩の夜明け」さ。

 

まあ、君に何を言っても仕方ないことはよく分かってる。でも、残念ながら「ガクッと来る」が本当だってことは覚えておいて欲しい。そしてそんときはあんまりジタバタしないことだ。

 

最近、思うんだ。四十歳を「不惑」というけど、それはいろいろ具合が悪くなって「惑う暇がない」のが、その正確な意味なんじゃないかって。

 

体を大事に。

一期は夢よ ただ狂え

 

木ノ戸

 

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木ノ戸昌幸

| ひとりごと | 13:11 | comments(0) | -
ユウセンCOLOR

 

作詞:木ノ戸マサユキ

作曲(後半):永積タカシ


みんな イヤホンつけてるよね

そんで街をあるいたり 

バスや電車に乗ったりしてる

 

自分が好きな音を聴くために

自分だけの世界にとじこもって

 

いや 説教がしたいわけじゃなくって 

むしろその逆なんだ

 

だってあまりにも 

あまりにも世界はやかましいもの 

 

だからいつでも逃げこめる 

自分だけの場所をもっておくことは 

とても大切 

 

自分を守るために 

この世界をなんとか生き抜くために

 

問題は……というか 

僕が心配なのはどう見ても 

「ワイヤレスイヤホン」の割合が高すぎること

 

割合が……というか 

そんなちっちゃかったら 

あんまり充電もたないんじゃないかってこと 

 

最初は「いやいや線つながってないよ?」って 

バカみたいに見えたんだけど

さすがにもう見慣れたさ 

音が聴こえてるってことも

ちゃんと分かってる

 

(まだ不思議だけどね 音波? 音波??)

 

鬱陶しくなさそうだしスマートだし

そりゃあ僕だってそうしたい それ使いたい

 

でも 充電はだいじょうぶなの?

本当はもう 聴こえてないんじゃないの?

 

僕をだましてもいいけど

自分はもうだまさないで

 

有線から はじまることが

たくさんあるんだよ

本当は音が 聴こえてないなら

それただの 高い耳栓

 

有線から はじまることが 

たくさんあるんだよ

本当の音は 聴こえてないんだろ

確実な やつに替えて

そのやつを 耳にはめて

 


★切実なるお願い/視察・見学について★

・大変ありがたいことに、日々視察・見学の依頼をいただいております。

・が、その対応(連絡・調整)に担当者が追われまくっている、という状況があります。。。

・スウィングの見学日は毎月第3水曜日と第4金曜日となります。 

・時間、料金、定員、プログラム等の詳細については下記ブログをご覧ください。

 

2019.03.04 Monday

見学日を月2回(毎月第3水・第4金)とさせていただきます。

http://garden.swing-npo.com/?eid=1400635

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

NPO法人スウィング

木ノ戸昌幸

| ひとりごと | 17:14 | comments(0) | -
心配しないで

 

心配しないで

そんな 悲しい顔をしないで

 

たいていの料理は ごま油がなんとかしてくれるから

マジックソルトもかなり って噂だしさ

 

心配しないで 

そんな 悲しい顔をしないで

 

今の グ〜〜〜 ってやつ 誰もそんな気にしてないから

ていうか そうした「隙」にこそ 人は安心感をおぼえるものだから

 

心配しないで 

そんな 悲しい顔をしないで 

 

どこかの誰かが 華やかそうに 羨ましく見えても 

みんな 食べて 出して 眠る ただ繰り返すだけ

 

心配しないで

そんな 悲しい顔をしないで

 

あなたが 決してひとりじゃないという 事実は 

たぶん絶対 あなたの 想像以上

 

だいじょうぶ 

だいじょうぶ

だいじょうぶ

 

きっと 何もかも 

ごま油がなんとかしてくれるから

 

木ノ戸

| ひとりごと | 18:51 | comments(0) | trackbacks(0)
「小学校」が怖くなかった日

 

11月末、縁あって京都府内のとある小学校で、「人権講演会」なるものに登壇させていただくことになった。

スウィングをはじめて14年目。人権関係の依頼が来たのは2度目のことだ。

一度目は2013年。行政から「人権啓発」を依頼され、判で押したような啓発では何の啓発にもならないことを知っていたから、「何をしてもいいですか?」の確認にGO!サインをもらった上で、寸劇「まち美化戦隊ゴミコロレンジャー登場!!」を作り上げ、上演した。

 

 

以来、手を変え品を変え……と言うか「ネタ」を変えながら、子どもたちのゲラ笑いとオトナからの冷徹な視線(および失笑)しか生まないこの劇が、なんだかんだ途切れることなく上演機会を得続けていることは、スウィング七不思議のひとつである(最近では昨日上演したところだ。ちなみに七不思議の残り6つは全く思い浮かばない)。

 

そして今回。子どもたちを前にガチで話すのってはじめてだけれども、これまで大人に対して話してきたやり方とは随分勝手が違うだろうけれども、とにかくチャレンジすることに決めた。

 

今年のテーマは「未知との遭遇」だからだろうか。(離れて暮らしているけれども)僕も子を持つ親になったからだろうか。 

 

最近、ひとりで講演をすることはほとんど無く、今回もスウィングの仲間(あちゃみちゃんと沼田君とXLさん)がいっしょだからというのもメチャクチャ大きい。

でも、僕なりに「やってみよう」と決断した、その最も大きな理由は、講演の対象が小学5、6年生、つまりおよそ30年前、僕自身が学校に行くことや生きることそのものが辛くなりはじめた、ちょうどその時期を生きる子どもたちだったからだと思う。

 

何を伝えられるのかは分からない。

だってはじめてだし。

でも少なくとも、何かを「伝えたい」と思える自分が、今確かに在ることに少し驚く。

 

今日、打ち合わせのために皆と現地に伺った。楽しかったし考えたし、ついつい長居をしてしまった。

元気そうに過ごす子どもたちの姿が眩しかった。

 

 

その後は友人の案内で「旧質美小学校」(京都府京丹波町)へと向かい、廃校になった教室を利活用した絵本のお店「絵本ちゃん」にお邪魔した。

「スウィング公共図書館(仮)」の開設に向け、ひとりひとり好きな絵本を選んで購入した(僕は『はるとあき』を選んだ。泣いた)。

 

楽しい時間が過ぎ、はたと気づいた。

僕は今日、思いがけず小学校を2軒(?)、はしごしたのだ。

かつて怖くて怖くてたまらなかった、小学校の校舎の中を歩き回っていたのだ。

 

もちろん「あの」、僕が通った小学校ではない。けれど学校、とりわけ「小学校」という存在そのものが恐怖の対象と化していた僕にとって、「いいとこだねえ」とかぼんやり言いながら平気で過ごせた今日という日は、ちょっとした、いや、かなり大きな意味を持つ、個人的に歴史的な1日だったと言える。


……でもそれは裏を返せば、一見「元気そうに過ごす子どもたちの姿が眩し」く見える小学校という存在が、−その場を通過してもう30年以上経つおっさんが「歴史的」とか興奮してしまうくらいに−そこはかとない恐ろしさを内在している証左でもあるんじゃないか。


それが勘違いだったら一番いいのだが、そうではないと感じるからこそ、僕は子どもたちに何かを伝えたいんじゃないか。

 

 

 

おお、ヤバい!! 力んでる、力んでるよ!!

 

「人」か「人でないもの」かで迷っていたが、この力み具合から考えると、どうやら「人でないもの」で登場したほうが良さそうである。

 

木ノ戸

| ひとりごと | 23:43 | comments(0) | trackbacks(0)
ふいに 泣けてくる夜があるのは

 

ふいに 泣けてくる夜があるのは

そりゃあ 生きてる証拠ってものだし

生きるっていうことは つまりは 哀しいことだからだろう

 

大きなお世話な人たちが 人生は楽しいものだとか

喜びに満ち溢れているものだとか 余計な嘘を 押し付けてくるんだけれど

 

ちょっと 黙っててくれないかな

 

あなたが 大事な何かを押し殺して 笑みを浮かべていたり

 

ふいに 泣けてくる夜を くぐり抜けていることも

僕は ちゃんと知っているんだ

 

もはや 涙にもならないような哀しみが

心の奥底に へばりついて離れないことも

 

だから ちょっと 静かにしてくれないかな

自分の中の弱虫を 見て見ないふりをするのは もうやめにして

 

木ノ戸

| ひとりごと | 22:00 | comments(0) | trackbacks(0)
青春プレイバック 〜ボクは劇が大好きだった。編〜

 

1999年、大学3回生の頃。

超就職氷河期というプレッシャーを痛々しいくらいに受けながら、周囲が怒涛の就職活動へと突進しはじめたその頃。

僕は「今じゃない!」という己自身の声に従い、その声だけを頼りにレールを脱線し、自分だけの、手探りの人生を歩みはじめた。

 

その頃はじめたことのひとつが「演劇」だった。

 

幼い頃から好きだった劇。

創ることも、演じることも好きだった。

どれだけ学校が苦しくとも、理屈抜きに大好きだった。

夢中になれた。

 

だから自ら暗中模索、五里霧中の世界に飛び込んだとき、どうせなら自分が掛け値なしに好きだったことをやってみようと、体当たりしてみたのだ(なんせ周りは皆、ピカピカのリクルートスーツだ)。

 

 

あれからもう17、8年は経つだろうか。

 

先週金曜、新たに京都に誕生した小劇場「THEATRE E9 KYOTO」にはじめて足を運び、あごうさとしさんと蔭山陽太さんと3時間くらい話をした(長時間ありがとうございました!)。

「スウィングが何かできないか?」を出発点にはしていたものの、特に具体的なアイデアはない状態からの打ち合わせは、探り探りでジリジリとしてて、でも少〜しずつ輪郭が浮かび上がってきて、最後は「これはいい感じかもしれない!」とゾクゾクしていた。

 

  

 

その夜はやはり15年振りくらいの演劇鑑賞。

はじめて観る、「ヨーロッパ企画」の。

笑った。 やっぱり生の芝居はいい。

何ていうか、いいの。とてもいいの。

 

青春プレイバック(……ってダサ!)のような1日。


かつて大切だったものが、我が身に戻ってきている、そんな感じ。
呼んでるのか、呼ばれてるのか、タマタマなのか。
いずれにせよ、「たまたま」を「タマタマ」と書くとちょっとハッとする。 


生活に舞台を、演劇を。

 

 

あ、そういや僕もこの前日、劇の台本を書いたのだった。

スウィングが誇る、見ても一切得しない(つまり見なくても全く損しない)寸劇「まち美化戦隊ゴミコロレンジャー登場!!」の台本を。 →

 

 

これねえ、なんだかんだ毎年何度か公演機会をいただくのです。

今は今月24日、お誘いいただいた、とある町内の地蔵盆での公演に向けて稽古を重ねています。

 

(真夏の屋外は「死」の危険があるので嫌ですけど)公演依頼、お待ちしております♡ →

 

木ノ戸

| ひとりごと | 16:53 | comments(0) | trackbacks(0)
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