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ワンギリー・ホプキンス

 

先日、「定期的に他者が訪れること/関わること」が、増田政男さんにとってはものすごく大事なのではないか…なんて偉そうなことを書いた(→)。が、このことは「無縁社会」などとも呼ばれる現代日本社会に生きる僕たちひとりひとりに共通して、メッチャクッチャ大切なことなのではないだろうか。

 

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僕の携帯電話の着信履歴は、スウィングのアンソニー・ホプキンスこと「日下部尚史」(通称:ひーちゃん)、の名で圧倒的に支配されている。これだけ書くと、僕がしょっちゅうひーちゃんと電話で話しているように思われるだろうがそうではない。「日下部尚史」が並んでいるのは通話履歴ではなく着信履歴オンリー、つまり僕と彼は「電話で話したこと」はこれまで一度もないのである。きっかけはまるで分からないのだが、いつの頃からかひーちゃんは謎のワンコールを毎日1回、だいたい18時半から19時半頃にかけて鳴らすようになっていて、必ずワン切り、絶対に2回は鳴らない。僕が「もしもし」と電話に出る暇は決して与えないが、「かけたよ」という痕跡は確実に残すという(気持ち悪い)妙技。多分ひーちゃんは、僕が【嫌がる/許容する(面白がる)】ギリギリのラインを攻めてきているのだろう。実際、「絶対に1回で切る」という規則性にはある種の「礼節」のようなものすら感じるし(何回もコールされたらとっても嫌!)毎夕ワンコールの一瞬、「はい、今日もひーちゃん」と彼の顔を思い浮かべることに悪い気はせず、むしろほんの束の間、笑えたり心がほころぶ(が、一瞬以上はムリ!)。

 

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不思議なことに僕と彼は、互いに一度もこの件に触れることなく、毎日スウィングで顔を合わせ続けている―別に2人だけの秘密にしたいわけでないし、現に僕は今、世界に向かってこれを書いている―。なぜ、彼が謎のワンコールを鳴らし続けるのか、その真意は測りかねるし、彼自身にも分からないんじゃないかと思う。でも恐らくそれはひーちゃんにとっては既にとっても大切なことで、メチャクチャ大袈裟に言えば、「今、生きてるよ〜」という超高速安否お知らせ(&確認)のような気がしないでもない。実際、たま〜にかかってこないことがあって、そんなときには「あれ? ひーちゃん大丈夫かな?」とついつい心配な気持ちになってしまう(が、多分大丈夫だろうから僕からかけることはない)。

 

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想像してほしい。世界が破滅してしまうほどの何事かが起こったとして、あなたひとりがこの世界に生き残ったとする。そのときあなたが最も渇望することは、他にも生き残った他者を求めることではないだろうか。人は人との繋がりなしに生きていけないというのは恐らく本当のことで、簡単に言えば皆、ひとりでは寂しいのだと思う。ひーちゃんが最後の1人になったとして、そのとき彼の手に携帯電話があったならば、やっぱり彼は僕の携帯をワンコールだけ鳴らすのだろうか。それとも僕が出ることを信じてコールし続けるのだろうか。

 

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「定期的に他者が訪れること/関わること」。その頻度も方法も恐らく人それぞれで、例えばひーちゃんと僕の場合は、携帯のワン切りという、ものすごく独特な方法を採用しているのだろう。ちなみに僕の携帯は毎週火曜の午後8時ピッタリ! かなえさんからも電話がかかってくるのだが、これはもう途絶えることなく15年ほど続いている。

 

木ノ戸

| 名優・日下部尚史(ひーちゃん) | 17:17 | comments(0) | trackbacks(0)
第118回ゴミコロリ

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賀茂川。

 

正面の山は西賀茂・舟山。

京都の名物伝統行事「五山の送り火」で有名な五山のうちのひとつです(わかりにくいですかね)。

 

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この翌日、五山に火が灯され炎が上がり、お精霊(しょらい)さんと呼ばれる先祖の魂はあの世へ送り届けられました。そうそう、火がついたのは五山だけではございません!

 

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YES! 我々はゴミ退治に闘志メラメラなんです! お盆がなんだ! 猛暑がなんだ! 毎月訪れる第3水曜日、この日が来れば気持ちは勝手に戦闘モード。2018年8月15日(水)、「第118回ゴミコロリ」実施いたしました! 

 

「五人のコロリ日」です!

 

小雨が降ったり止んだりの微妙な天候ではありましたが、そのおかげか気温は低め。真夏にしては抜群のコロリ日となりました。今回も上賀茂地域を3グループに分かれて実施いたしました。そのうち北-2エリアの様子をご覧いただきます。

 

…でも、その前に。新キャラたちを紹介しておきます。

 

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体ブルー(いちばん左)。

夏場限定の「顔ブルー」に引き続き、生まれたキャラクター。口呼吸がやっぱり大事! ってことで生まれました。体ブルーなのか、顔増田なのか…。

 

一部ルー(左からにばんめ)。

皮膚呼吸をフリーにした「顔ブルー」を進化させたキャラクター。皮膚呼吸だけではしんどい、やっぱり口呼吸も大事! ってことで生まれました。…もうマスクいらんのちゃうか?

 

ユート・ザ・ゴミマスク(真ん中)。コロ・ナカムラ(右からにばんめ)。このお2人はもう皆さんご存知ですよね? ここ最近、ゴミコロリで活躍してくれているコロレスラーです。通称、ゴミマスクさんとコロさん。

 

デスコロイヤーXL(いちばん右)。

いちばんかっちょいいお値段高めのマスクを被ったコロレスラー。3人いた方がオモロイってことで生まれました。通称、デスコロさん。

 

さて、新キャラ紹介も終わったので、本題に入ります。それでは、北-2エリアの様子をご覧ください!

 

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いざ、出発! コロレスラー3人衆が初めてタッグを組み、場外乱闘がはじまります。

 

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う〜ん、さすが息の合ったコンビネーション。

 

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ここで問題、これは何でしょう?

 

.泪好を剥がされたコロレスラーのマスクのひも

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さぁ、わかるかな? 正解は…

 

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「犬のリード」でした! …ってのは嘘です。ただのゴミです。

 

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ゴミマスクさん、ごめん。さっきの問題もう終わったよ、まだ答えを考えてくれてたんやね。答えは「虫カゴのひも」やと思ったんやね。正解はただのゴミなんだよ。意地悪な問題出してほんとごめんね。

 

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たしかに、いちばん近い。

 

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え〜っと、顔増田じゃなくて体ブルー、あなたもまだ答え探してたのか…。いや、だからの犬のリードじゃないって。ただのゴミだって。


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こちらは、8月から1か月間、社会福祉士の現場実習に来てくれていたユタニさん。火バサミさばきといい、ゴミコロゼッケン姿といい、この2週間で完全にスウィングに染まったね!

 

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茂みでゴミ発見。後ろ姿はゴミブルー。

 

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でも体ブルー。

 

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チラ見え姿はゴミブルー。

 

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でも一部ルー。

 

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水路に落ちているゴミの捕獲に一部ルーが挑みます。若い女の子の前だといつも以上に張り切っちゃいます。

 

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いきなり出ました! 秘技が出ました!

 

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秘技! ポールダンス取り!!

 

顔に余裕が感じられず、必死感出まくりですが口呼吸あっての大技です。サンキュー、口呼吸!

 

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それにしてもこの水路、いろいろ落ちてるなぁ。

 

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これはこれは、コロさん。ヤマト運輸さんのリヤカーの方が立派だから、うらやましく思ってるんやね。ヤマト運輸さん、いらなくなったリヤカーがあればコロ・ナカムラまでご連絡ください。

 

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そうそう、そこからは先は畑、入らんようにね。わかる、わかる。立って拾うには腰しんどい、でも「秘技! ゴミゴロリン取り!!」出すほどの距離でもない。そんな距離のゴミには…

 

 

ミサさんが編み出した「秘技! クラウチング取り!!」がベストです。「よーい、ドン!」で思わず畑にinしそうやけどね。

 

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空き缶3本。ここで、コロレスラーさんたちのパワーをお見せしましょう。

 

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コロさん。えっ?! なにそれ? スゲー!!

 

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はい、お見事!

 

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続きまして、デスコロさん。ま、まじっすか!?

 

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オッタマゲーション!

 

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さらに手刀でペットボトルを切り裂きます。デスコロさん、ゴミコロ初参戦やからって、アピールがスゴイなぁ。これは、次のゴミマスクさんも期待大ですね。

 

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はい、きた! スゴイの出そうです!

 

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溜めるねぇ〜。そら、どえらいことやってくれるんでしょう。ただ、うしろのギャラリーの苦笑いと呆れ顔が少々気になりますが…

 

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はい、飛んだ〜! 足元にはペシャンコの空き缶が。

 

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そして、ペシャンコの空き缶の上に見事に着地。…え〜と、たぶん「ペシャンコに踏み潰してやったぜ」みたいに見せたかったんだと思います。だとしたら、3枚目の写真にすでにペシャンコになった空き缶が写ってたらダメなんじゃないですかね。潰れてない空き缶が1、2枚目の写真に写ってないのも不自然だし。

 

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…いやいや、遅い遅い。今さら手でペシャンコにしました〜って感じを見せられてもねぇ。ま、次頑張ろうや。

 

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偶然遭遇、「KID Attendant Service」さん。一部ルーが嫌がらせでゴミを無理やり渡しているのではありません。車内のゴミを回収させていただきました。

 

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こちらもいつもお世話になっている「Straight」さん。こども大好き体ブルーは、VERY CUTEなお子さんを回収しそうになったとか。それでは見た目変質者の誘拐犯…。なんとか思いとどまったようです。

 

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ね、体ブルー。…ところで何してるの?

 

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くぐるん? いけるん?

 

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…結局くぐれへんのかいっ!!

 

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はい、今回もなかなかの量をコロれました!

 

続きまして、支部の皆さんからの報告をお届けします! では、ご覧ください!!

 

【京都/西山ケミックスさんからのゴミコロレポート】

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まだまだ暑いですが、会社周辺のゴミ拾いをしました。 今月はたくさん缶を拾いました!

 

西山ケミックスの皆さん、お疲れさまでした!

 

地震、大雨に猛暑、おまけに台風と立て続けに大規模な自然災害が全国的に猛威を振るっています。毎回のように「何十年ぶりの」「これまでにない」等の言葉をニュースで聞くたびに、不安や心配で心が折れそうになります。それでも、わたしたちはゴミコロリを続けます。楽しくゴミ拾いを続けることで、社会が今よりほんの少しでも明るく、オモシロくなることを願って。そして、くだらないブログで伝え続けます。

 

暗いニュースが多いですが、どうでしょう? 

気分転換がてら、わたしたちといっしょにコロってみては?

 

「ゴミコロリ」に賛同し、ともに「ゴミコロリ」を行ってくれる団体さん(ゴミコロ支部)随時募集中!  …は変わらずなのですが、今年度より個人様でも「ゴミコロ支部」になっていただけることとなりました。2014年4月にスタートし、約3年間続いた今はなき「その場でゴミコロリ in Facebook」。今でも個人でコツコツとコロってくださっている方もいるかもしれませんから! というわけでちょっと新しくなった「ゴミコロ支部」募集の詳細はこちらをご覧ください! →

 

次回「第119回ゴミコロリ」は明日9月19日(水)の開催です! 参加希望の方は担当・西川までご連絡ください!

→MAIL:nishikawa@swing-npo.com

 

町に溢るるゴミある限り、我らの戦い終わりなし。

拾うはゴミでも心は錦、見た目は青でも心は真っ赤。

嗚呼、さすらいのゴミ野郎、 嗚呼、我らゴミコロレンジャー!

 

(西川)

| 【OYSS!】清掃活動「ゴミコロリ」 | 15:53 | comments(0) | trackbacks(0)
ヘルパーのヘルパー

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「親の年金をつかってキャバクラ SWING EXPO」の象徴的人物でもある増田さんは、およそ4年前からとあるマンションの一室でひとり暮らしをしている。いろいろあって、ありすぎるくらいに本当にいろいろあって、ようやく辿り着いた穏やかなひとり暮らしである。とは言え彼のひとり暮らしには多くの他者が関与している。増田さんは繊細すぎて「ちょっとしたつまずきにもド凹みして長期に渡って引きこもる」という性質があるため、スウィングには「即座に救出する用」のカギが、元気な時の彼の意思によって常時預けられているし、あればあるだけ使ってしまうお金の管理を委ねている居住区の社会福祉協議会には、週に1回、1週間分の生活費を受け取りに行っている(正確には支援者といっしょに銀行口座のお金を下ろしに行っている)。

 

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そして調理と掃除のサポートのため、週に2回ホームヘルパーもやって来るのだが、その際の彼の行動がちょっと、いや、随分と変わっているのである。ヘルパーさんの来訪前、決まって彼は部屋を片づけ綺麗にし、そして時には料理の下ごしらえも済ませ、空調もバッチリ快適! の状態でヘルパーさんを迎え入れ、さらにはヘルパーさんが買い物に出かける隙間時間を縫ってお風呂とトイレの掃除までしてしまうというのだ。増田さん曰く、「ヘルパーさん大変なんで、できるだけ仕事減らしたいんですよ」。対して「助かります」とヘルパーさん。どどど、どっちがヘルパーやねん! けれどこうした彼の振る舞いからは、どこかお堅い「サービス」という名のもとに【助ける側/助けられる側】とに一刀両断、二分化してしまった関係性を解きほぐす、温かな人間臭さのようなものが感じられやしないだろうか。僕は、猛烈に、感じる。そんなわけで僕はいつの頃からか増田さんのことを、敬意を込めて「ヘルパーのヘルパー」と呼ばせてもらっている。

 

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「いやいや、そんなことならヘルパー要らへんやん!」と思う人もいるかもしれない。しかしながら増田さんは、ヘルパーが来るからこそ、そしてヘルパーが大変だと思うからこそ「ヘルパーのヘルパー」に身を転じ、自分ができることを、できる範囲で(けれどMAXで)しているのであり、仮にもしこうしたきっかけがなかったならば、手が付けられないほどに住処を埃まみれにし、心を内へ内へと閉ざして生気を失ってしまう増田さんという人を、僕たちは、そして彼自身も痛いほどによく知っている。彼に2人の後見人がいるという事実がその証左になるかどうかは分からないが、少なくとも増田政男という人の、非常に見えにくい「生きづらさ」を知る手掛かりにはなるだろう。恐らく増田さんにとっては、「定期的に他者が訪れること/関わること」がこの上なく大切なのであり、そしてその他者が「家族」でも「友人」でもなく ― つまり近すぎる関係性にある他者ではなく ― 、接する時間も距離感も絶妙にちょうどいい「ヘルパー」という他者であることも重要なポイントなのだと思う。

 

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良い悪いの話ではないし、先のことは分からない。ただ、決まって毎週2回、とある小さなマンションの一室で繰り広げられるちょっと奇妙な助け合いの風景と、そこに漂う増田さんの弱さと優しさと美徳を思うとき、僕の心はいつもほんの少し、ニンマリにやけてしまうのである。

 

木ノ戸

| スウィンギン・ドキュメント | 14:59 | comments(2) | trackbacks(0)
「親の年金をつかってキャバクラ SWING EXPO」京都展を振り返る!

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「同時代ギャラリー」にて開催した「親の年金をつかってキャバクラ SWING EXPO」京都展(以下、EXPO)が閉幕しておよそ1ヶ月(…マジっすか!??)。すぐにでもあーだこ−だと振り返りたかったのだが、恐らく虚脱感のようなものが勝ってしまってズルズルと来てしまった。気合を入れて書き出そうと思えばなぜかひーちゃんのどうでもいい話(→「もしも女子高生が路上でボウリングをしているホプキンスを見たら…」)を書いてしまったり、「自分! もっとちゃんとして!」と仕切り直しても増田さんのことを一生懸命書いてしまったり(後日、アップします!)、多分、僕は長年付き合ってきたから知ってる例のあれ、「大事なことだけに後回しにしてしまう症候群」が激しく出てしまっていたようだ。が、「藁工ミュージアム」で開催する高知展が目前に迫った今、もはや妙な症候群を言い訳にすることはできない。「企画趣旨/親の年金をつかってキャバクラ SWING EXPO に寄せて上げて」にシンクロさせつつ、あの濃密な2週間をものすごく主観的に振り返ってみたい。

 

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親の年金をつかってキャバクラ SWING EXPO に寄せて上げて

 

1. 哀しみをユーモアに変えるまで

 

親の年金をつかってキャバクラ 

 

増田政男が書にしたためたこの言葉は、いつの頃からかスウィングに堂々と飾られ、日常の風景となっている。けれどこの言葉の裏に、彼の深い苦しみや哀しみを見てとる人は一体どのくらいいるだろうか。この言葉の通り、増田はかつて同居する母親の年金にまで手をつけ、キャバクラ通いを繰り返していた。しかしながら、この愚かしい行為について、彼がその当時から武勇伝のように笑って語っていたわけではない。増田は一夜の夢の後、決まって激しい自責の念に囚われ、ときには数ヶ月に渡って家に引きこもるというサイクルを何年も繰り返していたのだ。このサイクルから脱するまでには長い長い時間がかかったが、結果として増田は母親と離れて暮らすこととなり、また、あれば使ってしまうお金の管理を他者に委ねきり、つまり自らのどうしようもない弱さを認め、手放し、ようやく心穏やかな暮らしを手に入れたのである。増田がこの書を表すまでの、哀しみをユーモアに変えるまでの道程を思うとき、余裕綽々、安全圏から放たれる「多様性」「共生社会」「社会包摂」といった今の世を彩るスローガンが、底はかとなく薄っぺらく感じるのは僕だけだろうか。

 

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●振り返る! 

綿密に狙ったわけではないのだが、入り口から敷きつめたレッドカーペットの先にデカデカと掲げた増田政男の書(巨大習字)は、近くに来ないと「親の年金をつかってキャ」までしか(床に垂れ下がっているので)見えないようになっており、「その先はなんだろう?」と書の全貌を確認しに入って来てくれるパターンがとても多かったように思う。確認した結果、「ねえ、キャバクラってなに〜?」と小さな子どもに尋ねられてしまい、もごもごごまかしながら足早に退場してしまった親子連れもいたにはいたが、ほとんどの人には好意的に受け入れられ、まるで観光地のシンボルかのように巨大習字の横に立って記念撮影をはじめたり、真横に設置したこの企画趣旨を丁寧に読んでくださったり、中にはご自身の経験と重ね合わせて涙を流している人もいた。

 

 

とりわけこの書に爆笑し、一瞬にして「増田政男」という見知らぬおっさんに多大なる興味を示してくれた若い男性3人組のことが忘れられない。「政男さんは? 政男さんは?」と興奮気味に場内を見渡しはじめた彼らに近づき、「政男さん、この人やで」と「Chapter.2 軍手」にあるゴミブルーポスターを指し示すと「政男さん、何者!??」と笑い、さらに「Chapter.5 ことば」に展示された書の現物や「これも政男さんの♡」と名作「Tバック」を紹介したりしているうちに、EXPOそのもの、あるいはスウィングそのものへの関心を深めてくれたようで、その後は丁寧に各チャプターを見て回ってくれていた。

 

 

EXPOの狙いのひとつというか、スウィングが常日頃からこだわっていることに「多面性」がある。「アートやってるとこでしょ?」「そうだけど、それだけじゃないです!」「ゴミ拾いやってるところでしょ?」「そうだけど、それだけじゃないです!」「子どもと遊んでるところでしょ?」「そうだけど、それだけじゃないです!」。ある言葉や概念(例えば「障害」「アート」「NPO」)に付与され、固定化された「規定値」を揺さぶるため、世知辛〜いこの社会をちょっとでも柔らかく面白くするため、多面的な実践を展開することを心してきたわけだが、「親の年金をつかってキャバクラ」という書を入り口に「増田政男」というひとりの人を紹介しようとするとき、ゴミブルーだったり、詩人だったり、フリーペーパーに登場する人だったり、会場のあっちゃこっちゃに増田政男が見え隠れしているではないか。つまりスウィングという組織が志向してきた「多面性」が、スウィングで活動する個人個人にも当たり前に反映され、そしてこのEXPOでもちゃんと息づいていることに気づかされたのである。そして「ひとりの人」をきっかけにして数珠つなぎ的に場内を案内するという、企画者である僕たちも想定していなかった「新たなEXPOガイドの仕方」が生み出されたのも、彼らとの偶然の出会いの賜物なのだ。展覧会って生物!!!

 

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2. 猛烈に生きづらい社会

 

スウィングにはこの世界に生まれ、この社会で生きてゆくことに(かなり強めの)「生きづらさ」を感じざるを得なかった、あるいは感じ続けている人がとても多い。それを「障害者」という言葉でひとまとめにしてしまえば簡単であるが、例えば一応、建前上、「健常者」とされてきた僕自身にも激しい「生きづらさ」はずっとあるし、事実、障害の有無を問わず、老若男女を問わず、この社会は呆れるほど安心感に乏しい「猛烈に生きづらい社会」なのではないだろうか。普通、常識、効率、生産性、上昇志向、社会的ラベル等に彩られた、余りにも狭量で画一的な価値観や固定観念に囚われ、逃れることができない、逃してくれない。それらに向き合い突破し、あるいは突破できずともなんとかやり過ごしながら、僕たちはときに戦いもがき、ときに諦め手放し、この世界を生き延びてゆくしかないのである。

 

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●振り返る! 

「Chapter.5 ことば」に長時間とどまり、熱心に詩を読み続ける人が数多くいた。その多くはすんげーくだらない下ネタを書いているかと思えば、唐突に生きることの深い苦しみを、飾らない、けれど抒情的な言葉で織りなす向井久夫の詩作品の数々に惹かれたらしく、その気持ちはものすんごく分かる。ある若い男性が清々しい笑顔を浮かべながら言っていた言葉、「むき出しっぷりがハンパないですね」、ものすんごく分かる(そしてそんな風に素直な感想を言葉にできる彼のことも、ものすんごく素敵だと思った)。僕は向井さんのことを「障害者」というフィルターを通して見たことは一度もない。けれど向井さんが、「障害者」なんて言葉では片付けようのない、とてつもない「生きづらさ」を抱えながらその半生を生き、そして多くのことを諦め手放し、それでも今なお、苦しみの日々を送っていることは知っている。あるいは向井さんは、何かを諦め切れていないのかもしれない。諦め切れないからまだ苦しいのかもしれない。でもそんなこと、どうだっていいじゃないか。彼は今、現に生きていて、そしてそんな向井さんの詩を読み耽っていた「生きづらさ」の意味を知る人たちも、笑い、泣き、確かに生きていたのだから。

 

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会期中盤、EXPOの首謀者4人(僕と亀井と坂田佐武郎氏と成田舞氏)と、HAPS(東山アーティスツ・プレイスメント・サービス)の藏原藍子さんを招いてEXPOについて語り合ったトークイベントも満員御礼、大盛況であった。参加者の大半が若者たちであったことは嬉しかったし、どんどん質問や意見が出されたことも嬉しかった。また、どういう話の流れだったか成田舞氏がスウィングを評して「聖域をつくらない」と語っていたことが印象的だった。これは先に書いた「多面性」&「むき出しっぷりがハンパないですね」にも通じるのだが、スウィングは「世間があるマイナーな対象(やはり例えば「障害」「アート」「NPO」)に対してこう思いたいだろう像」を裏切り、更新し続けてきたように思う。それは自覚的な試みでもあったし、本当のことを見せ続けた結果、勝手にそうなったとも言える。それを「聖域をつくらない」って、なんて上手いこと言うんだろう。「世間があるマイナーな対象に対してこう思いたいだろう像」ってどんだけ下手クソやねん…。上手いことは言えなくとも一生懸命に話すことはできる。高知会場でもトークイベントございますので、ぜひぜひご参加ください!

 

→2018年9月15日(土)ー 12月2日(日)親の年金をつかってキャバクラ SWING EXPO/藁工ミュージアム(高知)

 

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3. 言葉は後からついてくるもの

 

スウィングの「既存の価値観や固定観念を揺るがせる」「ギリギリアウトを狙う」「OKやセーフの余白を広げる」「日常に『抜け』を創る」等のコンセプトを俯瞰してみたとき、かなり確実な手触りを持って「ソーシャルアート」や「社会芸術」といった言葉が思い浮かぶ。が、その正誤は僕たちには分からない。結局のところ「これはアートか否か?」という問いに対する答えは、一人ひとりの感性に委ねられているのだから。いずれにせよ、言葉は後からついてくるもの。そこに依りかかりすぎてはいけないし、酔ってしまってはいけない。

 

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●振り返る!

 この「ソーシャルアート」や「社会芸術」然り、「市民活動」や「社会福祉」も然り、スウィングの何かを誰かに「伝えるため」に語っている言葉の多くは、スウィングの日常に在る言葉ではない。こんなん、誰も言ってない。EXPOに来場してくださった方はまさに多種多様であったが、ある人は「めちゃくちゃ愚直な市民活動ですね!」と言ってくださり、別のある人は「これはまさしくアートですね!」と言ってくださり、また別のある人は「ここにあるのは愛ですね!」と言ってくださり、どの言葉も本当に本当に嬉しかった。僕たちがやっていることは変わらない。でもそれを評する言葉は人によって全然違う。「言葉は後からついてくるもの」である。

 

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スウィングの実践、あるいはEXPOにこれだけの振り幅があることを誇らしく思うし、それは僕たちが何かの言葉を起点にするのではなく、「いいな!」とか「おもしろいんじゃないかな!」とか思うことをシンプルに実践し、表し続けているからなのだと思う。その一方で、例えば「これは悪魔の諸行ですね!」とか、納得がいかない言葉を付与されたとしたら僕は一体どうするだろうか。起こってもいないことを考えても仕方ないが、そんな場面に出くわしたときにはケツの穴をすぼめて反発をしたり、「ああ、そういう見方もあるのか」とケツの穴を広げたりすればいいのだと思う。

 

 

4. 敷居を下げること

 

「EXPO」という言葉の持つ、ポップでチープでどこかワクワクするような感じ、カッコよさとダサさ、未来っぽさとレトロ感の同居。それらはギャラリーや美術館という、若干シャレオツさ漂う場の敷居の高さを絶妙に下げてくれるように思う。イメージ、先入観、偏見等によって縁遠かったものとの距離がグッと縮まり、自分の中に予めある「回路」と繋がる、身近になる。それは自分の内なるものが揺らぎ広がる、とても素敵な瞬間なのだと思う。この「SWING EXPO」があなたの心のどこかと繋がり、ほんのちょっと世界の見え方を変えるきっかけになればいいなと願う。

 

 

●振り返る! 

「EXPO」という言葉のみならず、「敷居を下げること」はスウィングが一貫して取り組み続けているテーマのひとつだ。難しい言葉やカッコいいっぽい言葉や内輪の言葉を使ってみても、伝わらないのでは意味がない。EXPOは5つのチャプターに分けて展示を構成しているのだが、各チャプターはそれぞれ、「Tシャツ」「軍手」「G」「紙」「ことば」と名付けられている。恐らく誰の日常にもあるだろう、親しみやすい「共通言語」をその入り口にしようと考えたからだ。この効果がいかほどのものであったかは分からないが、各チャプター名からはじまる約700字のテキストを書き上げるのはなかなかの苦行だったこと、成田舞氏撮影の大判写真、そして坂田佐武郎氏デザインのパネルがめちゃくちゃカッコよかったことは疑いようのない事実だろう。

 

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また、京都の街中! ド真ん中! に立地し、にも関わらず誰でも気軽に入れてしまう「同時代ギャラリー」という稀有な場を会場としたことも想像以上の大正解であった。来場者数を数えないのはスウィングの伝統のひとつであるが、老若男女や国籍や障害の有無を問わず、本当に大勢の、いろいろな人が足を向けてくださった。実感としては知っている人半分、知らない人半分くらいの割合だったように思う。他府県からわざわざEXPOのためだけに来京してくれた人も少なくなかったが、たまったま通りがかりにやって来て、それでいてス〜…と帰ってしまうのではなく、何かがハマってめちゃくちゃ長居をしてくれる見知らぬ若者たちが、少なからずいたことが何より嬉しかった(そして個人的には小学5年生の頃の同級生が突然やって来て、30年振りの再会を果たせたことにMAX興奮した)。

 

 

ところで今さらであるが、「Chapter.1 Tシャツ」は芸術創作活動「オレたちひょうげん族」、「Chapter.2 軍手」は清掃活動「ゴミコロリ」、「Chapter.3 G」はスウィング最年長Gさん、「Chapter.4 紙」はフリーペーパー「Swinging」と京都人力交通案内「アナタの行き先、教えます。」、「Chapter.5 ことば」は詩にまつわる展示をしているのだが、会期前半はそれほど人を集めなかった「G」や「紙」に、日を重ねるごとに長期滞在してくださる人が増え、とりわけ終盤、「Gさんが良かったです!」と言う人が激増したのは不思議だった。

 

 

1日1日、EXPOという場がいい感じに熟成され、いきなりGさんという爺さんに直面しまくるディープゾーンへもだんだん入りやすくなったのかもしれない…というのは恐らくただの考えすぎだが、ある韓国から来てくれた女性は「面白かったんだけど、でも、あそこだけなんでいきなり人なんですか?」と鋭い問いかけをしてくれた。確かにそうなのだ。他はスウィングの実践やモノ・コトを展示しているのに、なぜか「Chapter.3 G」だけGさんという「人」オンリー! 

 

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理由1はそのまんま。いきなり人を見せたら面白いんじゃないか? が、あんまり生々しい人だったらリアルすぎて「圧」が強すぎるかもしれないから、だいぶ人から遠ざかりつつある(あっちに近づきつつある)Gさんがいいのではないか? という思いつき。理由2はGさんというキャラクターが持つ力。Gさんが日常の中で生み出すオモロ際どいエピソードの数々は、天然ボケ、知的障害、認知症というトリプルパンチのどこから生み出されるものなのか皆目分からず、そこにはただGさんという人が揺るぎなくいるだけで、社会から付与されたラベルはほとんど意味をなしていない。つまりGさんという人は、「既存の価値観や固定観念を揺るがせる」「ギリギリアウトを狙う」「OKやセーフの余白を広げる」「日常に『抜け』を創る」といったスウィングのコンセプトをナチュラルに体現し続けている人なのです! …といった具合に説明をすると、その女性もものすごく納得してくれたのだった。ちぇき。

 

 

「親の年金をつかってキャバクラ SWING EXPO」京都展を振り返る!。書き出してみるとやっぱりいろんな光景やそのとき感じた思いが蘇ってきて、その全てをここで表し切ることはできなかったが、総じて「予想以上の大成功だった!!!」と言えるかと思う。

 

この企画をおよそ1年に渡って共に練り上げてくれたかめちゃん(NPO法人スウィング)、坂田佐武郎さん(Neki inc.)、成田舞さん(Neki inc.)、そして坂田氏と共にデザインしまくってくれた桶川真由子さん(Neki inc.)、パネル印刷からキャバクラ風看板から設営作業から隅々まで力借りまくったアズモクラフトの皆さん、大阪から駆けつけてくれ深夜まで設営をしてくれたMICROCOSMOSの皆さん、京都人力交通案内「アナタの行き先、教えます。」のプロデュースやらゴミの英訳やら惜しみない協力をしてくれた美馬智さん、長期間に渡り本企画の実現をサポートしてくださった同時代ギャラリーの皆さん、まだ何もできてもいないのに企画段階から深い共感と共に協力者になってくれたcon*tioの杉千種さん、山口里佳さん、藁工ミュージアムの松本志帆子さん、このほか多大なるご協力をいただいた皆々さま、そしてアッツイアッツイ中をご来場いただいた全ての皆さまに、この場を借りて深く深く感謝申し上げます。

 

なんだか終わりの挨拶みたいになってしまったが、EXPOはこの後も、そして2019年度も続いてゆく。まずはもう目前! 9月15日(土)から「藁工ミュージアム」ではじまる高知展!

 

→2018年9月15日(土)ー 12月2日(日)親の年金をつかってキャバクラ SWING EXPO/藁工ミュージアム(高知)

 

ありがたいことに長い会期です。高知の皆さま、四国の皆さま、地球上の皆さま、ご来場を心よりお待ちしております!!!

 

木ノ戸

 

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| 親の年金をつかってキャバクラ SWING EXPO | 11:34 | comments(0) | trackbacks(0)
【クソ真面目エッセイ-16】世界が芸術「的」でありますように。

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芸術とは何か。と、訊かれて必ず思い出す光景があります。 かつての僕の家のベランダには、鉢植えがいくつかありました。おそらくバジルを植えて、食べて、そのまま一年程放置された鉢植えや、ルッコラだった鉢植え。そのどれもが、種から芽吹き、ひとしきり悦んで食べられたのちに、食べられきれないほどの葉を繁らせ、花を咲かせました。「こんな花だったんだ」というわずかな心の膨らみを僕に与え、やがて枯れて、翌年には少し干からびた土を抱える器となりました。室外機とともにベランダに並んだ鉢植えたちは、一年間だけの小さな農としての役割を終え、中長期的な気まぐれに左右される次の出番を静かに待っていたのでした。 ベランダに並んだかつて小さな農だった鉢植えたち。その一つに、身に覚えのない花が咲いているのを発見したのは、翌年か翌々年か、ともかく干からびた器の存在を気に留めることもなくなったある日の夕方だったと思います。

 

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芽吹くはずのない器から芽吹き、咲いた、一つの花。もともと土の中に種があったのか、鳥や風に運ばれてきたのか、その出自はわかりません。いずれにしても、僕の知らないどこかから運ばれ、いつの頃からか土のなかで淡々と芽吹き支度をして、必要なだけの陽と雨を浴び、誰にも気づかれぬうちに葉を広げ、健気に花を咲かせ、地上で僕と出会った。まさかの一つの花が目の前にあったのです。それは、日常のなかに密かに準備されたささやかな奇跡でした。その奇跡が広げた想像力の翼の感触を、僕は今でも鮮明に覚えています。僕の想像力は―わずかな時間ではあったけれど―空間的にも時間的にも日常から飛び立ち、その翼に新鮮な風を受けたのです。

 

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芸術は、人を日常から解放する。僕はそう思うし、そう信じたい、といつも答えてきました。日常とは、棲み慣れた価値観でもあり、予定調和な時間でもあります。僕たちがいつのまにか慣れ親しんでいる常識でもあり、無意識の初期設定が支える世界でもあります。芸術は、そのような既知の景色のなかで、あらたな感受性へと誘うことができる。この一つの花のような機能を、世界にまさに芽吹かせること。それが芸術の役割だと思っています。

 

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そう僕は迷いなく書きますが、あなたにとってはどうでしょうか? 芸術とは何か。少しのあいだ、あなたの答えを探索してみてください。おそらく迷いなく答えることができる人は、実はそれほど数多くはいないのではないか、と僕は思っています。そこには、わずかながらの勇気、あるいは、ある種の覚悟までいるように思いますがいかがでしょうか? そこで、芸術「的」とは何か。と、問を変えてみようと思います。同じく答えを探索してみてください。今度は、わりとすんなりと言葉にできるように思います。自身の人生を少しだけ振り返れば芸術「的」だった経験は少なからず探し出され、その質感を言葉にすることで答えることができるように、僕は思います。いかがでしょうか。芸術を問われればうまく答えられいけれど、芸術「的」を問われれば、ビートルズも村上春樹も、母の料理も息子の笑顔も、わりと胸をはって、芸術「的」だと、答えることはできる。僕はそう思っています。

 

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この芸術と芸術「的」の間にあるもの、それが社会というものだと、僕は思っています。芸術「的」が社会化されると芸術という概念になる。言い換えれば、芸術とは共通の価値観や認識に支えられている。一方、芸術「的」は、「芸術としての特性を備えているさま」などと、辞書には答えのようで答えていない記述が載っています。そう、芸術としての特性を備えているかどうかを決めるのは各自に委ねれているのです。答えが社会の側にあるか、個人のうちにあるか、その差がそこにはあります。 身の周りを見渡せば、同じような構造に溢れているように思います。芸術を仕事、教育、優秀、健常…と置き換えてみてください。社会の初期設定と化した価値観、自分の外にある正解のもとに僕たちは生きています。その全てに「的」を付けて、自分の側に引き寄せる。その全てに「的」をつけて、柔らかで緩い価値観にする。それが、僕の肩書きである社会芸術の第一歩です。そして、各々が一つの種をこの世界に仕込みましょう。いつの日にか、たくさんの花が咲く世界の訪れを願って。世界が芸術「的」になる日を願って。

(フリーペーパー「Swinging Vol.23」より転載)

 

文・桜井肖典(さくらい・ゆきのり)

デザインコンサルティング会社を経営後、2013年よりイノベーションプログラム「RELEASE;」を主導、現在まで国内外で6,000名を超える参加者へ講演やワークショップを重ねる。「芸術と社会変革のあいだ」でカテゴライズされない活動を展開する社会芸術家であり起業家。一般社団法人RELEASE;共同代表、オンラインメディア『PLAY ON(http://playon.earth)』発起人。

 

※ フリーペーパー「Swinging」は、スウィング賛助会員の皆さまからの会費を原資に制作・発行を行っております。→

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